
私も収容されていた咸鏡南道の耀徳収容所の最近の状況についてお話しします。
私が収容されていた87年までは、この収容所の中を流れている川の流域は「革命化区域」といって、生きて出る可能性を残している区域でした。すでに韓国に入っている脱北者の中で複数の耀徳収容所収監者がいますが、それはこの革命化区域の経験者です。この革命化区域以外にも「完全統制区域」といって、基本的に生きて出る可能性のないところがあります。革命化区域の収監者にとっても完全統制区域は恐怖の的でした。
ところが耀徳収容所を経験して最近脱北してきた方々の話を聞きますと、私がいた当時の革命化区域はすべて完全統制区域に変わったというのです。収容所の正門は南にあるのですが、この正門からさらに南の区域を新たに拡張し、わずかにそこだけを革命化区域にしたというのです。ですからかつての耀徳収容所は現在そのすべてが完全統制区域に変わり、新たに拡張した区域のみが革命化区域であり、その革命化区域にはかつてはなかった部類の人たちが収容されている。それがすなわち脱北者で、革命化区域に収容されている人の約半数は脱北者だといいます。いったん脱北して中国から北朝鮮に送還された人たちが収容されているということです。耀徳収容所でさえもほぼ完全統制区域と化したわけです。
収容所の数そのものは5つに減りはしましたが、政治犯の数そのものは減っていないようです。韓国の国家情報院は北朝鮮内の政治犯の数をおよそ20万人と推定しているのですが、最近韓国入りした北朝鮮の元高官は30万人にまで増えていると主張しています。そして収容所内の状況そのものも私が収容されていた77年から87年当時よりもはるかに劣悪になっており、収容所内の死亡率も倍になったというのです。
私は北朝鮮問題専門の記者として90年代半ば以降に韓国入りした脱北者500人以上にインタビューしていますが、90年代半ば以降の北朝鮮社会の全般的な状況は80年代の収容所とほぼ等しいものとなった。私が収容されていた当時も電気は来ませんでしたし、栄養失調で多くが餓死しました。そうした状況が収容所内にとどまらず社会全般に及んでいたのです。そうであってみれば収容所内部の状況はさらに劣悪になっていただろうと思われます。
90年代半ば以降北朝鮮では300万人が餓死し、多くの人々が中国に逃れました。その人たちが北朝鮮に送還されることによって海外の情報に接するようになりました。それで若い人たちを中心に外部世界の状況に目が開けてきたのです。そうした住民たちを統制するために国家安全保衛部の弾圧も一層厳しいものとなったのです。
政治犯ではない一般の経済事犯の犯罪者をも公開処刑に至るまで大変な弾圧を加えるところを見ると、政治犯の状況はさらに厳しくなっているだろうと私は考えています。ですから政治犯収容所の解体、政治犯の救出が北朝鮮問題の中でも最も喫緊の課題ではないかと思います。かつてアウシュビッツの収容所でユダヤ人が大量虐殺されましたが、それに匹敵する状況であるという認識にいたれば国際社会はこれを看過できないはずです。
金正日と軍部を分断する法
北朝鮮の経済は再生不可能なほどにガタガタですし、その一方で150万の軍隊を維持するという極めてアンバランスな状態です。こうした北朝鮮にカンフル剤として栄養を与えているのが海外からの援助なのです。人民は放置し、海外からの援助を軍隊に流すという構造になっています。ですからこの海外からの援助は金正日政権を延命させる栄養剤になっているのです。こうした無分別な海外からの援助を断って、金正日と人民軍を分断することが緊要だと思います。
腰の据わった長期的アプローチを
現在米国は主に核問題に重点を置いていますし、日本は日本人拉致問題に集中しているようですが、この両者とも北朝鮮問題を解決する上で足りないところがあると考えます。さらに現在一部では北朝鮮問題を解決するために対話しなければならない、交渉せよと主張しているようです。北朝鮮の問題を解決するためには長期的なスタンスで、その途上で一時期悪い結果になるように見えたとしても、一つ一つじっくり腰を据えて取り組まなければならないのですが、米国も政権が代わるたびに方針がぶれます。その隙を金正日が利用して得をするわけです。
日本の対応ですが、日本政府が拉致問題のみ盛んに言及していますと、北朝鮮はむしろこれを利用して、過去の植民地時代はどうだったんだということを取り上げて住民を焚きつけ内部の結束を固めるために使います。金正日が拉致問題を認めたのも、日本からの1兆円を超えると思われる金を引き出したいからであり、彼自身に拉致問題を根本的に解決したいという意向があったとは思いません。金に困っていればこそその金を手に入れるために芝居を打ったのです。したがって北朝鮮政権を圧迫するためには、まずは経済的な圧力を一層強化する必要があると思います。
経済制裁を発動している現在はそうではないでしょうが、かつて日本から多くの現金が北朝鮮に渡りました。北朝鮮政権の延命に日本は大きく貢献したのです。国論が変わった現在、日本政府の役割、日本国民の役割は大変重要です。根本的に北朝鮮の問題が解決されずしては拉致問題の解決も困難でしょう。
「帰国者・日本人妻」
私は北朝鮮の人権問題の中でも、深く日本と関わりのある帰国者の問題、言葉こそ帰国ではありますがほとんど騙されて北朝鮮に渡っていますから、実態としては拉致されたも同然です。北朝鮮の実情がそのまま知られていれば誰も行く人はいなかったはずです。元在日朝鮮人やその日本人配偶者で北朝鮮に渡った人の中で、ごく一部が脱北し日本に戻ってきていますが、大多数は現在も北朝鮮に囚われています。そうした元在日朝鮮人帰国者、その日本人配偶者たちの人権問題も拉致問題に劣らず深刻なのです。彼らの中の多くがある日突然政治犯収容所に送られたり処刑されたりしました。本当に深刻な人権問題です。
私は日本国民と日本政府が帰国者や日本人妻の問題に拉致問題と同等の水準で取り組んでこそ拉致問題解決の道筋もさらに開けて来るのではないか、拉致問題だけを引き続き取り上げていく場合にはかえって日本が身動きできる範囲は狭まっていくのではないかと思います。もはや北朝鮮の人権問題全般に取り組むべき時に来ているのではないでしょうか。
実際に日本政府は大きな力を発揮し得ると思います。中国政府を説得して脱北者の強制送還を防ぐこともできるでしょう。私は現在の韓国政府には期待していません。アメリカや日本の政府が結束してその役割を果たすならば、脱北者問題も解決できるでしょう。さらに日本政府にその意志さえあれば、韓国政府に劣らず脱北者を受け入れられるはずです。もしそれが目に見える形になれば、日本政府の経済制裁に劣らず北朝鮮の政権には大きな圧力になります。日本が運用している人工衛星で北朝鮮の政治犯収容所を24時間監視するのも一つのアイデアですし、北朝鮮を圧迫する材料になるでしょう。
人権圧力が独裁体制瓦解のトリガー
仮に核問題のみを捉えて北朝鮮に圧力を加えたとしても、金正日は金正日なりに理屈を立てることはできるわけです。「我々は長年米国の核の脅威に晒されてきた。なぜ大国の核保有は認められて、我々の自衛のための核保有は認められないのか」北朝鮮の人民もこれには説得されるかも知れない。また、核を振り回して国際社会の関心を引き付け、他の問題から目を逸らせれば、それも金正日にとっては大きな効用です。
ところが人権問題、例えば政治犯収容所の解体を求めて圧力を加えれば、いくら表向き北朝鮮の政権がその存在を否定したところで、人民は自分たちが直面している恐怖の問題ですから人民を説得することはできないし、人民に「国際社会は私たちのことを考えてくれている」という認識を与えて内部の分裂、瓦解を誘導することにもなります。
北朝鮮をめぐる諸問題の根源は金正日独裁体制にあり、金正日政権の除去が解決の根本なのです。金正日を除去するためには核問題や拉致問題に限定せず、広く人権問題の切り口でもって圧迫しなければならないと思います。
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かるめぎ 81号 2008.8.10(2008-08-16 15:48) |
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北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会:本会は1959年から1984年までの帰国事業で北朝鮮に帰った在日朝鮮人(日本人配偶者等を含む)の生命と人権を守り、自由往来を実現し、被拘束者を解放し、犠牲者の名誉を回復することを目的とする。またその他の北朝鮮の人権問題にも重大な関心を向ける。