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解体本部の手紙
訳
依藤朝子
尊敬するコフィ・アナン国連事務総長殿
世界の人民の自由と平等、平和と人権、正義と良心の砦である国連総会の開催をお祝いいたします。
前代未聞の人間の生き地獄の障壁を越えて来た私ども脱北者は、第58回国連総会を迎え、コフィ・アナン国連事務総長殿に北朝鮮同胞の切なる願いを込めて、この手紙をお送りします。
今、北朝鮮人民は人間として享受するべき基本的な権利を知ることもできないまま、首領独裁の闇の中で日々を暮らしています。彼らは自分の経験する不幸と苦痛の根源が、金正日独裁政権に起因するという認識よりも、アメリカを初めとした国連の制裁と封鎖、弾圧による国際社会の孤立政策のためだという誤った認識を持っています。これは半世紀以上の首領独裁下で、歪曲された歴史観と世界観の教育によって手名づけられたためです。
かりに彼らがあらゆる問題の根源が絶対悪、金正日にあるという事実を知っていたとしても、このような欺瞞宣伝が嘘であると、しいて口にしたり、集団的デモを行なおうとは思いもよらないのです。万一、こういった行動をするということが感付かれたら、現場で即決処刑されることは自明の事実であるため、誰一人として、あえてたち上がることができずにいるのです。
ひもじさのために弱りきって国境を越えると民族反逆者になり、飢え死にしていく幼い子供を生かそうとする両親の必死の努力が個人利己主義だと罵られるのが、今日の北朝鮮の現実です。「首領様、なぜ配給米をくださらないのですか」と一言でもいおうものなら、反動として追われ、政治犯収容所に引かれていき、残忍な拷問と強制労働によって死を迎えるのが北朝鮮の現実です。それだけでなく、金日成逝去の記念日にお酒を飲んで酔って歌をうたったことが大罪にあたり、刑場の露と消えていった人もいることが寓話ではないことを、私たちはよく知っています。
コフィ・アナン国連事務総長殿、このように無念を残して死んでいった多くの怨恨を誰が慰めるのでしょうか。
目を閉じると、今も恐怖に震えている彼らの哀切な悲鳴が鮮明に聞えてきます。このような北朝鮮の現実を、私たちはどうして傍観していなければならないのでしょうか。国連はなぜ、あのような者たちの暴力と非人間性に沈黙するしかないというのでしょうか。
国際社会は、金正日独裁政権が朝鮮半島と善良な国際社会を相手に着手する核兵器
開発ごっこに構っていてはなりませんし、国連は、核兵器ごっこの裏に隠されている醜悪な人権蹂躙の惨状に目をそらせてはなりません。
これまでの歴史の中で興ったいくつもの独裁政権の例からも見られるように、社会の自由と人権が拡大すれば、国際社会に相対していたそれらの脅迫と脅威も、自ずと消え去るでしょう。
北朝鮮の人権改善に対する国連の叫びが、東北アジアの平和と全世界の安全のための先決課題であることを知っていただきたく思います。首領独裁の終息と北朝鮮の民主化なくしては、北朝鮮の核問題の根本的な解決はもちろん、世界平和もまた有り得ないということをご理解いただきたく思います。
私たち脱北者の組織である「北朝鮮の民主化のための政治犯収容所解体運動本部」は、しばらく前に、北朝鮮の独裁体制維持の象徴である政治犯収容所の衛生写真を、収容所出身者たちの生々しい証言とともに公開いたしました。しかし、北朝鮮の独裁政権の蛮行を全世界に伝えるには、私たちの努力だけでは不十分であると思われます。それゆえ私たちは、国際社会を代表する国連が関心を持ち、参与して下さることが切実に望まれていると考えております。
私たち、またこの運動は、一、ニ度の告発や訴えに留まることなく、北朝鮮人民が首領独裁から解放され、自由を取り戻すその日まで、精魂尽くして戦う所存です。
尊敬する国連事務総長殿!!!
世界平和と繁栄、民主主義、世界秩序の実現を目指す事務総長と国連の絶え間ないご努力に、再度敬意を表します。世界平和のためのこれまでの献身と意志が首領独裁の障壁を崩す光となることを信じて疑いません。そればかりでなく、事務総長と国連のそのような意志とご努力が、あわれな北朝鮮人民には非常に大きな鼓舞と希望になることを信じて疑いません。
私たちは、事務総長が第58回国連総会の会期中に、私たち脱北者の切な願いを反映してくださることを期待いたします。
私たちは、北朝鮮の核査察と同時に、国連レベルでの「政治犯収容所に対する公開査察」を強く希望いたします。既に確保された収容所の衛生写真に基づいて、北朝鮮の人権に関する「専門調査官を派遣」し、現在確認されている5箇所の政治犯収容所を公開査察できるよう、力を合わせてください。同時に、北朝鮮の凄惨な人権状況の改善のために、対北食料支援と経済支援、及び人権改善を、平行して進めていただくことと、中国国内にいる数十万の脱北者に対する迫害と強制送還の中断、難民地位認定のための諸条件の整備を、事務総長を通して強く求める所存です。
事務総長が国連総会を通して、私たちの切な願いを世界各国の代表に伝えてくださったら、苦痛を受けている北朝鮮の人民に生きる希望を与え、民主主義の念願の種をまくことができることを信じて疑いません。同時に、北朝鮮独裁政権には己の罪を認めて、国際社会の一員として参加できる機会にもなり、これはまた、国連憲章とその使命にも大きく寄与することと思います。
北朝鮮の人権と民主化を、世界の良心的な方たちが支持し、支援してくださいますように、お願いいたします。
2003年9月23日
北朝鮮民主化のための政治犯収容所解体運動本部
共同代表 姜哲煥 安赫
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北朝鮮政治犯強制収容所解体運動本部の李民馥さんから手記が寄せられました。イ・ミンボさんが、日本での手記を岡部多美子さんあてに送ってくれました。翻訳は岡部さんによるものです。
脱北者としてはじめて見た日本
李民馥(イ・ミンボ)
北朝鮮人にとって、日本といえば抗日である。抗日運動を進め
た金日成偶像化教育を通じ、自動的に洗脳されているためだ。
しかし、日本製と聞くと誰もが喜ぶという、まったく矛盾して
いるところもある。
そんな日本を直接目にした感懐は... 空から見た日本は、わが国と変わらなかった。南海(東シナ海)
側の海岸のように、入り江や島の多い、美しい国だった。
日本の成田空港は、韓国の仁川空港に比べると、劣って見え
た。それでも、アメリカの空港よりはずっと良い。アメリカの空
港は仁川空港に比べたら、まるで倉庫の様であった。
後生恐るべしといったところか、仁川空港は世界トップクラス
の空港だ。
成田空港から私たちの宿所となるYMCAホテルまでは電車で移動
した。日本滞在中、バスやタクシーを使う必要がなかったとこ
ろを見ると、日本の電車、地下鉄網は韓国よりも進んでいるよ
うだ。 人口がソウルと同じように集中している東京であるが、車の渋
滞も少なく、スピードも押さえ気味で、信号無視もしないと同
僚たちが言っていた。午前0時を過ぎても賑やかなソウルの町
とくらべると、夜の街は静かであった。
町並みは、飾り立てている感じはなく清潔感があった。少し、
散らかっているようなところは、たいがい外国人の出入りの激
しいところだ。
エコノミックアニマルという別名からは想像できないほど、看
板も控えめで派手さが無い。自動車も平均的に小さめだった。
韓国では人気の無い小型車が、ここ東京では一般的だ。また、
自転車が非常に多いという特徴も見られた。
先進国ほど自転車が走りやすいように、道の段差が少ないの
だ。アメリカもまたそうであった。韓国では好まれない自転車で
あるが、ここでは本当に沢山の自転車を目にした。 住宅も小さかった。童話に登場するような小さな家々が、都心
や農村にもずらりと並んでいた。
食事もサッパリしていて、もっと食べたほうが良いのにと思っ
てしまうほど、量も控えめであった。コーヒーカップも杯も小
さかった。そして飲む酒の量も少ない。
背格好も韓国人と比べたら、平均的に小柄に見えた。とにかく
何もかもが、控えめだ。
それでも、日本は世界に認められている経済大国なのだ。
韓国は全く反対で、全てが大きい。大振りなアメリカ文化の影
響を受けすぎているように思う。民主主義以外の経済生活につ
いては、日本を手本にするべきだと思う。大きくて資源の豊富
なアメリカの真似をしていてはいけない。 日本人の印象について。
彼らは奥ゆかしく、ぺこぺこと丁寧に挨拶をしてくれる。名刺
を渡そうとすると、一度席を立ち、おしぼりで手を拭いてから
戻ってきて、両手で丁寧に受け取る日本女性に会った。'笑顔
の中にトゲがある'という日本人に対する批評は、良いものも
悪いと決め付けるような、卑屈な考えから来る言葉のように思
えてきた。
いい日本人ばかりに会ったせいか、男性にしても女性にしても
非常に純真であった。
しかし、正義の前では勇敢であった。
デモ隊が朝鮮総連に立ち向かおうとすると、決められた時間
よりも5分早いからもう少し待つようにと、警察の制止を受け
た。法治社会の日本警察隊の前で、我々は少し気後れしてしまっ
た。しかし、小川晴久教授は、朝鮮総連本部進入をせき止めよ
うとする日本の警官隊に対し、激しく抗議し立ち向かって行っ
たのだ。この日本人教授の行動から、私たちは大きな勇気をも
らった。
また、いつもは淑やかな、日本女性の行動にも驚かされた。政
治犯収容所解体運動本部、朴相学(パク・サンハク)青年組織局
長が警察の制止を押しのけ、総連本部の鉄門を乗り越えようと
ぶらさがった時、その女性は果敢にも、その下に回りこみ土台
になったのだ。 余談になるが、その女性にメンバーの中で一番カッコいいと思
う人はだれか、という質問をしたところ、姜(カン)某氏を選ん
だ。もう一人の女性に同じ質問をすると、安(アン)某氏を選ん
だ。申し合わせたように、日本の香りがする在日同胞出身者、
あるいは口ひげをつければ'日本の刑事'というイメージの男
性を選んだのだ。
韓国では人気者の、安代表と事務局長は'チクショー'と声を
上げて悔しがった。
やはり、日本人には日本人の好みや傾向があるようだ。 いずれにせよ、日本人と在日同胞達は、忙しい時間を割いて我
々に同行し、私費を使って20名余分の電車代や食事代を快く
払ってくれるような、人格者だった。 谷川さんという方は、年配にもかかわらず、額に汗して全ての
日程を共に過ごし最終日には駅まで見送りに来てくださった。
通訳の人に聞いた話によると、彼は1959年、在日同胞の北
送を盛時していた'親北朝鮮'日本人であったそうだ。
しかし、人道主義に忠実になれと日本政府に圧力をかけてま
で送り出した在日朝鮮人達を、生き地獄に送ってしまったとい
う事実を後に知り心を痛め、それからは'反北朝鮮'運動に熱心
に取り組まれてきたそうだ。
日本人と在日同胞達の市民意識と良心を見ることができる代表
的な事例である。
その他にも、脱北者たちを救うために、中国政府に逮捕拘束を
されてしまった加藤さんはじめ、影から脱北者達を支えている
方々、脱北した子供たちを養子にむかえ育てていらっしゃる日
本の方々にお会いして、頭の上がらない思いをした。良心的な
日本人が、こんなにも沢山いるという事実は、私達にとってこ
の上ない励ましとなった。
日本の外務省に、安赫、姜哲煥、安明哲が日本で出版された本
を渡すところを見たとき、本の重要性!を実感した。実際に、
この本がきっかけとなり、この運動に参与するようになったと
いう人も多い。
我々も北朝鮮のことを知らせる本を書かなければならない。有
名であろうが無かろうか、そんなことは関係ない。それぞれの
生活手記を通じ、北朝鮮のことを広く知ってもらうのだ。 終わりに、朝鮮総連に対する理解について。
総連は金正日の手先であると考えデモをした。
しかし、ひっそりと見守っていた総連系の女性の話を聞いて、
彼らの心情をより深く知ることになった。
初期の朝鮮総連は、純粋な民族精神として出発し、当時は韓国
よりも北朝鮮のほうがずっと祖国らしく思えた。しかし、その
理想の祖国は、生き地獄だった。
総連は閉鎖的な北朝鮮で生活しているのならばともかく、どう
して日本にいるにもかかわらず知らないと言えるのだろうか。
さらに、日本人拉致まで認めた金正日の蛮行のために、秩序と
法治の国で顔を上げて歩けないだろう。
しかし、帰国していった家族、親戚への心配、自分の身の上な
ど、いろいろな事柄が交錯し、彼らは総連に背を向けることが
できないのだ。むしろ金正日政権の人質であり被害者なのだ。
これからデモをするときは「総連を人質にしている金正日政権
を追放しろ!」と号令を変えなければならない。
こうして彼らの心情を理解し、代弁することにより、心だけは
通わせていかなければならない。
今回の日本訪問は、脱北者が団体で、外国の地でデモをする始
めての契機となった。
個人的にもはじめての日本訪問は、意味深いデモと共に、抗日
概念をくつがえす良い機会となった。
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