このページは、守る会の過去のページです。新しいホームページはこちらをクリックして下さい。



 ホーム


守る会組織

 呼びかけ
入会の御案内 
会則

カルメギの記事

交流の広場
掲示板


お得な情報
3.03掲載
 

リンク Friendly Link

翻訳サイト


書籍
特別に紹介させていただきます
『隠された戦争』
(萩原遼 著)


「生命

人権」


目次

(購入方法)

ダウンロードは
右クリック

第一巻

第二巻

第三巻

第四巻

第五巻

第六巻

第七巻

サンプル2

(ショルテ女史)
 


御支援の
お願い

脱北者あしなが基金

脱北帰国者支援機構

  写真
chung
chubong

haengyong

yongbyon

naksaeng

アクロバット・リーダーのダウンロード


 

カルメギ65号

○北朝鮮に人権査察を!脱北者の保護と定着   を! 証言集会報告
○韓国・国家人権委 北の人権抑圧調査隠蔽 「同胞同に冷淡」無用論噴出
○8月1日、北朝鮮難民と人権に関する国際議員連盟第2回総会開催
○NGOもプレゼンテーション、総会はアクション・プランを決定
○帰国事業の悲劇を忘れるな!朝鮮総連は今こそ責任を取れ!
○朝鮮総連50周年大会に対し、守る会は会場前でビラ配布
○9月10日 大阪でも「ソウル・トレイン」上映会のお知らせ
○ブッシュ大統領との会見を終えて
○関東支部学習会のお知らせ
○今後、月末日曜日を定期的学習会・意見交換会として決定
○この3月、8月の守る会関係集会にご参加いただいた国会議員リスト
○編集後記


            7月30日、証言集会

北朝鮮に人権査察を!脱北者の保護と定着を!

証言集会報告

文責・三浦小太郎 
集会テープ起こし・原 良一 

 去る7月30日午後1時半より、東京神田の韓国YMCAスペースYにて、北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会主催による、国際的な脱北者救援NGO、脱北者、そして守る会関係者による証言集会「北朝鮮に人権査察を!脱北者の保護と定着を!」集会が開催された。以下は、その集会記録の原良一氏によるテープ起こしを元に、三浦が各発言を抄録したものである。

 本年度は、8月1日、北朝鮮難民と人権に関する国際議員連盟の第2回総会がここ日本にて民主党主催で開催されることになり、本集会はその総会に向けて結集した、韓米NGOの発表と訴えの場として行われた。脱北者救援の現場で活躍する様々な人達の発言を聴くことが出来る有意義な場となった。参加者は約70名。

 まず、開会後、ブッシュ大統領と会見し、北朝鮮の人権抑圧を強制収容所問題を例に説明した、姜哲煥のビデオメッセージが紹介され、続いてNGOによる脱北者の現状についての報告証言がなされた。

第1部:救援NGOの証言 中国による脱北者強制送還と救援NGOへの不当逮捕

 千基元氏(トウリハナ宣教会)

 まずこの場に参加してくださった皆様と、日本政府、また日本のNGOの皆様、そしてこの会を主催してくださった山田先生に深く感謝を申し上げます。現在中国全土には、脱北者が約20万人隠れているという発表が、今年の3月にありました。皆さんもご存じと思いますが、昨年の8月に480人の脱北者が第三国(ベトナム)を経由して韓国に入国しました。

 その後、脱北者を取り巻く環境は非常に厳しくなり、今韓国は、脱北者を受け入れないまま、また中国で捕まっている脱北者はすぐに北朝鮮に送還され、北朝鮮の国内では、脱北者を厳しく処罰する、とこのような三角体制が構築されており、中国国内の脱北者が韓国に入国するのは非常に厳しくなっております。

 2004年10月一家族4人が、私たちの所に助けを求めてきました。その時の環境は、先程申し上げたように、中韓朝三国が、脱北者への厳しい取り締まり及び韓国への入国を制限していた関係で、韓国行きはままならず、彼らが元在日の帰国者の親族であることを説明し、守る会の山田先生に助けを求めました。潜伏・逃亡など苦しい状況が半年に及びましたが、幸いにも3日前に日本に入国することができました。

 私が、なぜこの話をしたかというと、中国にいる脱北者が、韓国政府に救援を要請した場合、韓国の憲法では、北朝鮮の住民も韓国国民であるので、必ず支援しなければならないと明記しているので、このように発言しております。しかし韓国政府は、脱北者が在中韓国大使館に入ってきたら保護すると言っています。しかし、中国にある在外公館、大使館、領事館、その他関連施設に駆け込むことは、現在はほぼ100%不可能です。

 一方その脱北者の中で日本に関係のある者、日本人(日本国籍者)の親族及び帰国者であることが判明した場合、日本大使館の職員が、自ら現場に出向いて面談し、調査・確認した上で日本に受け入れることをしています。このような対応の差があるため、韓国行きを希望する脱北者の入韓ができない状態が続いております。

 私が中国国内でいろいろな聞き取りを行った結果、女性の脱北者は多くが人身売買の被害に晒されています。例えば、17歳と19歳の姉妹が、老人の男性に、それも両親の見ている前で中国の貨幣3000元、約3万円と5000元、約7万円で売られていく現場に遭遇したことがあります。また自分の妻が他の男性に売られ、売られた男性の家で妻が暮らしているのを、遠くから見ながら泣いている夫の姿を見たこともあります。

 私は中国の刑務所で202日、また釈放後もホテルに監禁されて約8ヶ月を苦労していました。

 裁判を受けるまでの7ヶ月間、家族及び関係者の面会は一度も許されませんでした。一日二食、とても食べられないようなパンと一杯の水が、私に与えられた食事でした。例えば、体調を崩した時の薬、寒くなった時期の布団・夜具、情報を得るための書籍などは、一切外部から届くことはありませんでした。

 今でも中国の刑務所に、多数の宣教師、NGO関係者が逮捕・拘束されておりますので、これ以上の詳細な発言は控えますが、はっきり言えることは、脱北者を全世界的なNGO団体が支援する。中国が、彼らの行為を国内法違反だと規定し、彼らを逮捕することは、国際法(難民条約など)に明確に違反することです。

全世界的に見て、国内法と国際法を重ね合わせてみて両者が対立した場合、国際法が優先され、国内法は適用されません。よって中国が、国内法違反を根拠にNGOを逮捕するのは、明確に国際法に違反します。

 2008年北京オリンピックを開催する中国で、このような人道に反する行動をしている中国で、脱北者を助ける人権運動をやっている人たちを、不当に逮捕し、刑務所に入れるような国では、オリンピックが開催されるべきかを考え、また日本のNGOの皆様も先頭に立って、彼ら脱北者を助けてほしいです。

 山田文明守る会代表 

 まず、私自身の実例からお話いたしますが、2003年8月、脱北者9人と支援者4人、この4人は国籍からいくと、韓国籍の方が3名、そして日本の国籍の者はわたくし一人、計13名が、上海で8月7日拘束されたわけであります。この時、何とか助けたいと思った脱北者は8人でありまして、もう一人の脱北者、9人目の一人は、この行動を支援し、援助してくれた脱北者であり、中国国内で自ら救援活動を行っていた人でした。その9名の脱北者が拘束されまして、取調べを受けるということになりました。

 拘束された後になってわかったことでありますが、母親と拘束された中には幼い子供が二人、一人はまだ数ヶ月か10ヶ月くらいの子供さんでありました。もう一人は、5〜6歳でなかったかと思います。そしてその母親もいたわけであります。この母親と子供二人は、2〜3日の内に中朝国境の方に送られ、そして北朝鮮に送還されていきました。その後、北朝鮮で取り調べを受けた後、母親も子供たちも、自宅に戻されたという状況まではわかっております。

 でひとまず、この人たち3人は、無事であると判断しております。しかし、残りの人のうち、少なくともその後、一人は再び北朝鮮を脱出致しました。そして韓国にまで入ることができました。この人から得た情報では、北朝鮮に送還されてから数ヶ月、約5ヶ月に渡って拷問を受け、厳しい追及を受けたようです。拷問で立って歩くこともできない状況になった時、地元の方に一旦送られ、一旦家に戻すことになりました。その戻された隙に、何とか脱出したということです。

 そして今日この会場にもおいでで、後でお話しいただきますが、その他のご家族は、既に先に脱北して韓国に来られている申貞愛(シン・ジョンエ)さんの子供さんとその親族であります。その申貞愛さんの二人の息子さんと一人の従兄弟にあたる、姪にあたる女性ら3名は、北に送られた後、少なくとも去年の途中以降、まったく消息がわからなくなっています。

 同時に、途中助けてくれたといいました一人、金ヨンチョイという人であります。この人も北へ送られましたが、送られたしばらくした時の状況から、家族も消えたということの連絡がありました。つまり、奥さんと子供も自宅からいなくなっているということでありました。その後、いろいろな形で伝えられているところでは、奥さん及び金ヨンチョイはどこかへ追放された、と。どこでどうしているかはまったくわからない。子供だけが残されているということであります。

 このような切迫した状況の一方、現在の6者協議では、北朝鮮に関する人権問題は、議論することさえ拒否されようとしている様子が見られます。

 北の問題では核兵器は確かに大きいです。しかし北の人権問題全体で見るならば、既に核兵器の一つか二つか使われたほどの被害が起こっているわけです。餓死者はもう、100万、200万という数字を、あるいはもうそれさえも越えるかもしれない。そして多くの脱北者が、中国で彷徨い、その過程で多くの被害者も出ている。現在北の強制収容所にさえ、明日をも知れぬ命の人たちが2万人いるとも言われています。

 その上でもう一つ大きな論点は、その北の人権問題に対して、いわば擁護するかのような行動を取り続けているのが中国政府だということです。北の被害者の典型的な姿が脱北者であります。北で迫害を受けることから逃れざるを得なくなって中国に出た性格を持った脱北者を、捕らえて送り返す、その人たちを支援しようとする人たちを捕まえて投獄し、まだ日本人の場合は、これまでの例では、最長でも8ヶ月(北朝鮮難民救援基金野口孝行氏の例)ですが、韓国などでは、何年も拘束されたままの人がある。この中国政府の対応を変更させない限り、北は存続し続け、あの人権抑圧を継続していくだろうと思われます。中国に対してどれだけ人権と言う点で、先ずは脱北者を保護しろという点で圧力を掛けられるか、これが問題の要になるだろうと考えております。

 グレイス・ユン女史の発言

 皆様こんにちは、アメリカ合衆国ワシントン州シアトルから来ましたユンと申します。私の父親は、中国国内で脱北者の支援活動を行っている途中、中国公安に逮捕され、延吉の刑務所に拘束されています。

 父親は1950年に勃発した朝鮮戦争で、両親と生き別れ、兄二人、姉一人と共に韓国に入国し、そこで生活していました。父は、ずっと、生き別れになった両親や兄弟のことを思い続けていました。また北朝鮮出身だったので、北朝鮮問題、特に脱北者の問題に関心を示していました。父は、35年間教会で牧師として勤めていました。また14年間対北朝鮮宣教活動も行い、8年間に渡って脱北者の支援活動も行っていました。

 1992年ソ連が崩壊し、社会主義体制が崩壊した際にロシアに入り、当地で宣教活動を始めました。またその線上で中国にも入り、宣教活動を行っていました。また1997年北朝鮮が食糧難に陥った時は、対北朝鮮支援も行い、北朝鮮に入って食糧支援並びに宣教活動も行っていました。

 1997年には、咸鏡北道羅津(ラジン)で素麺工場を作り、一日当たり数千杯の素麺を住民に配給していました。その活動を1年間続けていましたが、もっと具体的に支援活動をしたいと考え、中国に戻って脱北者の支援をやっていました。父は、北朝鮮の出身だったので、北朝鮮の国内事情に関心が高く、特に子供たちが餓死したり、飢餓で苦労していることに心を痛めていました。私たち子供が、「もう年が年なのだから、活動を止めてアメリカで一緒にくらしましょう」と誘っても聞き入れず、単身中国での活動を続けていました。

3ヶ月前の05年5月9日に、父は不法越境した北朝鮮脱北者に支援をした罪で、延吉市内にある外国人収容所に収容されています。中国当局は、父を犯罪者扱いしていますが、絶対に犯罪人ではないと信じます。脱北者を可哀想に思い、彼らを助けようとした単なるキリスト教の牧師です。

 父は高齢で、健康を害しています。またロシア滞在中にトラックにはねられる交通事故にも遭っています。(涙を流しながら)健康状態が悪いのが、非常に心配です。さらに母親も父の逮捕の心労で倒れ、入院しました。(涙声で続けて)そのためにこの場で、以上の話しをしました。この場にいる皆様のような団体、政府、皆様お一人、お一人の力を借りて、一日も早く父親が釈放されることをお願い致します。

 チョン・ペドロ氏の発言

 皆さん、こんにちは。わたくしは、2000年の末頃から中国にて北朝鮮の脱北者の子供と青少年たちへの医療支援をする活動をしていました。

 そんな中のある日、延吉から私が良く知らない脱北者の韓国領事館駆け込みの援助要請を受けまして、延吉の駅まで出迎えに行ったところ、私たちはその場で拘束されてしまいました。その脱北者たちを連れてきた現地の朝鮮族が、私たちを密告していたのです。

 逮捕された当時、私と同僚たちの周囲には、未だ処分していない脱北者たちの写真がたくさん残っていました。そしてその写真が決定的な証拠になりまして、基本的な取り調べを受けた後、監守所、これは拘留所や監獄の混合型の施設らしいのですが、そこに収容されました。

 私たちは、5日から7日に1回の取り調べを受けていました。1ヵ月ほどの取り調べを受けて、ほとんどの事実を供述したにも関わらず、裁判が開かれるまでに13ヵ月も待たなければなりませんでした。拘束されてから釈放されるまで、外部との手紙も通話も一切できません。トウモロコシのパンを一日に二回配給されて、飲み水は、石灰分の多い水道水を2ヶ月間飲まされました。トイレは一日に一回、決められた時間に行かなければならず、座るのも一日中決められた同じ姿勢で、胡坐をかいたような姿勢で座らされていました。

ほとんど太陽の光を浴びることもできず、皮膚が縮んでしわが寄ってきました。また、その施設の規定にあった、一日一回の運動もさせてもらえませんでした。温かいお湯を飲むことも1年以上なく、読書をすることもできませんでした。

 私の房には、北朝鮮の少年が一人いましたが、私より6ヶ月前に収容されていました。けれども専任の弁護士もなく、自分の裁判の日程さえもいつかは知りませんでした。

 この少年は、同じ房の中国人の暴行を受け、鼻や歯を折る大けがをしていました。中国人のその暴行に対しては、何の追及も行われず、結局不問になってしまったのです。その少年が涙を流しながら「祖国は好きですが、食べる物がないので川を渡ってきました。けれども何の罪で、こんなに長く監獄に入れられ、殴られながら過ごさなくてはならないのですか?」と言っていました。けれどもその少年は「先生、それでもここの生活は、まるでホテルです。ここで1年間くらすのと、北朝鮮の保衛部の監獄で1ヶ月を過ごすのは、同じようなものです」と言っていました。

 私は、他の囚人たちと縄で繋がれて、また武装警察に包囲されたまま移動させられました。その時、北朝鮮から来た30代の男性が収容されてきました。彼は、ヘロインの密輸で捕まったそうでした。所持していたヘロインの量が多く、単なる中毒者ではなく、運び屋・売人として無期懲役か死刑の罪が宣告されそうでした。

その男は「自分は、ただ党幹部の指示で運搬しただけで、たぶん朝鮮族の売人同士の金銭的なトラブルに巻き込まれ、密告されて捕まったのだ」と言っていました。この人の話によると北朝鮮には麻薬(ケシ)を栽培し、販売する外貨稼ぎ集団の栽培基地があるそうです。中国で密売されている麻薬のほとんどが北朝鮮製だと言っていました。党幹部の中にも、それらの麻薬を中国に売り、米ドルを持って帰る人がいると聞きました。

 逮捕されて3ヶ月後、ようやく私に起訴状が出てきました。罪名は「他人の不法越境組織罪」、これは中国刑法の第318条に当たるそうです。

 けれどもこの起訴は、結局無意味になってしまいました。既に2002年3月のスペイン大使館駆け込み事件で捕まった人が、この罪状で起訴され無罪の判決が出ていたからでした。そして検察側は、私たちの起訴を急に取り消しまして、改めて再起訴しました。今度は刑法第320条「偽造旅券提供罪」という罪でです。

 けれどもこれは、人民警察院刑事訴訟法規則の第353条に違反する行為です。この条項は、「起訴が取り消された後、新しい事実や証拠がないと再び起訴をすることができない」というものです。

 しかし中国当局と法院は、この条項を守ってはくれませんでした。彼らは、私への起訴にする法的根拠がまったくなかったことになります。結局は裁判時期を過ぎてしまい、中国法院の裁判長は、私と同僚たちに罰金を課し、強制退去処分となりました

 私は、中国政府に以下のように訴えます。北朝鮮社会は、住民の経済的基盤が整備されていませんので、自力で再生できる基本的な能力はありません。そして今も子供や弱者たちは保護を受けられず、飢餓と病気に苦しんでいる人たちが多くいます。人間として正常に生きられる生活の基本が保障されていないので、脱北する人たちが絶えないのです。中国に逃れた脱北者の中には、違法行為をしているような人もいますけれども、法形式上の手続きに従って、人間的な待遇を与えて、獄中生活の身の安全を保障してほしいと思います。

 また次に経済的困難によって脱北した人たちに対しても、彼らが自国に帰ると、政治的理由で処罰を受ける恐れがあるので、そういう人たちも送還せずに保護してほしいと思います。脱北者が北朝鮮に帰らず、中国国内で潜伏生活を送っているのですけれども、そうした彼らを無差別に摘発し、強制送還する非文明的で、非人道的な待遇を中止し、改善すべきです。

 さらに中国政府と公安当局は、北朝鮮の女性たちが人身売買され、売春を強いられるという非道徳的な行為を傍観しないで、特別管理対策を樹立し、関係する現行犯たちを摘発し、脱北女性たちの安全を守る対策を考えなければなりません。既に国連と国際社会は彼らを難民に認定しており、当事者の中国は、常任理事国の地位と責任感から脱北者たちのための政策を樹立すべきだと考えます。

 そうした意味から、中国は国連の常任理事国の一員として、人類の基本的な人権を尊重し、非人道的な方法で人民を弾圧する北朝鮮と1986年に締結した強制送還協定を再検討し、破棄すべきです。

 ティム・ピータース氏の発言(ヘルピング・ハンズ・コリア)

 わたくしは「Helping Hands Korea」(ヘルピング・ハンズ・コリア)という団体から来ました。1996年以来、北朝鮮の難民の人たち、危機に瀕した人たちの支援を行っております。

 現在私たちは、三つの活動を目指しています。これは北朝鮮の難民の人たち、北朝鮮の人たちを助けるためのものであります。まず一つ目は、北朝鮮難民のためのシェルターを中国に作るという活動です。二つ目は、北朝鮮の難民の人たち、特に学生、生徒の人たち、そして中朝国境にいる孤児の人たちに、食糧を提供するという活動です。そして三つ目は、危険な活動になりますけれども“Under Ground Rail Road”(地下鉄道)という活動になります。

 中国にいる北朝鮮難民の苦労は、非常に大きなものです。それをまずまとめてみたいと思います。一つ目には、そういう人たちの証言から、このような集会などから、またそのような方々の証言からわかることですけれども、中国での北朝鮮難民は、今非常に弱い立場に置かれています。彼らは、ID(身分証)を持っていませんので、その意味で身分を保証するものが何もなく、完全に弱い立場に置かれています。

 具体的に申しますと、彼らは逮捕される危険がありますし、拘留されたり、人身売買されたり、奴隷労働につかされたり、そして北朝鮮に送還される危険を抱えています。

 具体例としてある一家族を挙げさせていただきたいと思います。そして北朝鮮難民の様子についての一つの例を描いてみたいと思います。このご家族は、父親が元北朝鮮の軍人でして、そして母親、17歳と14歳の娘さんの家族でした。この家族は、2004年に中国に逃れてきました。その家族には、非常に大きな悲劇が襲うことになります。

 この家族は、中国公安に逮捕され、北朝鮮に送還されてしまいました。そして父親は、軍を裏切ったという罪で即刻処刑されてしまいまして、母親は収容所に入れられてしまいました。しかし娘さんたち二人は、再び中国に逃れることができました。そして中国に逃れることができた二人の娘さんは、私たちにとって最優先の保護の対象となりました。

 この方たちを、一刻も早く中国から出国させ、第三国に送らなければなりませんでした。その主な理由ですが、まず父親が処刑されて、母親も収容所送りになったために、非常に重いトラウマ(心的外傷)を抱えてしまいました。そしてこの14歳の娘さんですけど、匿ってくれる場所がなかなか見つからず、さまよっている内に、再び捕まり送還されてしまいました。

 私は、自身の政府、つまりアメリカ政府です。そして中国のアメリカ大使館に働きかけました。そして17歳の娘さんを助けてほしいと働きかけましたけど、まだそれは実現されていません。まず彼女を第三国に移すことが早急な課題となります。

 ここで是非紹介したいのが崔英勲(チェ・ヨンフン)さんという方です。この方は、韓国人のクリスチャンで、人道支援の活動家の方です。崔さんは、中国で2年7ヶ月間拘束されています。崔さんは、北朝鮮のボートピープルを助けようとして捕まって(03年1月の煙台の事件)しまいました。

 崔さんは現在、高血圧や糖尿病、さらにもう一つ喘息の持病に罹っておられます。崔さんは、今中国の拘留所に収容されています。ご夫人は、崔さんが持病を抱えているため、薬を届けようと一生懸命努力されていますが、中国の拘留所では、受け取りを拒否しています。このため崔さんの体力の低下が心配されています。

 崔さんには、奥さんと娘さんがいます。お二人は5月に中国を訪問し、面会していますが、現在韓国でも大変苦しい生活を送っています。父親の逮捕によって、大きな家から小さな家に引っ越さなければならないという経済的な問題でも非常な苦労をしています。この点は、今回会場にいらっしゃるグレイス・ユンさんの家族も同じだと思います。

 またもう一人、積極的な脱北者支援を行っている安忠学(アン・チュンハク)さんという方も紹介させていただきたいと思います。この方は、北朝鮮から韓国へ来まして韓国に定住なさっている方です。1991年には、ソ連にも行かれています。そして1994年の8月初旬に、外国船に隠れて韓国に亡命された方です。

 安氏は、自動車工場で2年間働いていましたけれど、仕事で中国へ出張に行った際に中国に逃れてきた北朝鮮難民に出会い、彼らの苦境を見過ごすことができなくなったのでした。そうして彼らの救援活動を始めたのでした。安忠学氏は、今年の2月4日に延吉に行き、そこで中国公安に逮捕され、現在拘留されています。 最後に強調しておきたいのは、中国に逃れている北朝鮮難民、そして彼らを助けようとしている活動家たちの状況が、現在より困難になっているということです。(第1部終了)

第二部 脱北者証言

 第2部では、まず同じく人身売買の問題に取り組んでいるビルマの人権運動家が紹介された後、脱北者の証言に移った。

 申貞愛女史の証言

 申貞愛と申します。山田先生も前もってお話ししたように、私の息子二人と姪が捕まって、今北の方に送られて、今どこにいるかもはっきりしたことがわかりません。去年の10月までは、咸鏡北道の保衛部に拘束されていることがわかっていて、息子たちに親戚の人たちが差し入れもしたし、下着を取り替えてあげたんですけど、10月以降は、そういうことも全然できなくなったので、その後はどうなったのか全くわかりません。

 それで、いろいろ調べてみようと思って、中国にいる朝鮮族の人たちにいろいろ頼んみたのですけど、以後の消息は全然わかりません。とにかく、北朝鮮の体制が滅びないと、私はもう息子には会えないと思っているので、とにかくあの国が一日でも早く滅びてほしいという気持ちで、そういう希望を持って、今私は生活していますし、一日でも早く息子に会いたいと思っています。この私だけじゃなく、家族が離れ離れになってる人が、脱北者の中にとても多いと思います、私だけでなく。そういう人たちのためにも、一日も早くみんなが会えるように、その日が一日も早く来るように祈って、皆様力になっていただきたいと思います。 

 文ジョンフン氏の発言

 皆さんこんにちは、文ジョンフンと申します。昨年の8月8日、中国の中朝国境地帯で私の妻が拉致されました。その後韓国の支援団体の皆様に協力をいただきながら、そして、この守る会の山田先生とも何度かお会いして経緯を説明し、また協力をいただいて、今日この場にお招きいただき、皆様の前でお話しできることに感謝申し上げます。

 私は日本に来たのは初めてです。しかし私の父親は日本生まれです。そして今北朝鮮に拉致されている私の妻の母親(後で証言する朴シネ氏)も日本で生まれ育った人です。その妻も一緒に来日して皆様とお会いできればよかったのですが、今日このような悲劇を以って、皆さんの前で妻を一日も早く北朝鮮から助けてくださいとお願いをしなければならないのが、自分としては心苦しい思いです。

 事件後の今日まで日本のマスコミの皆様にも、多くの方に事件の経緯を説明し、報道もされているのですが、この場を借りてもう一度事件の経緯および背景をご説明したいと思います。2004年8月8日、午後8時頃中朝国境地域を流れる豆満江の付近で、予め潜伏していたと思われる5人くらいの男に私の妻は拉致され、連れていかれました。事件が起きる前に北朝鮮にいる親戚に会わせてやるとの中国朝鮮族の話を真に受けて―彼がスパイだったかどうかは未だ定かではないのですが―、その人を信じて約束していた場所に行ったところ、北朝鮮の人たちにナイフで威嚇され、身の危険を感じた私は川に飛び込みました。

 それで振り返ったところ、妻は北朝鮮の人たちに連れていかれるところを見て、本当に自分のどうすることもできない状況、その事実を今こうして振り返ってみますと、自分でも本当に情けないというか、悔しい気持ちでいっぱいです。その日拉致される時に、妻の悲鳴を聞いて振り返ってみると、袋に入れられ、川を渡っていくところを見ました。その後妻がどういう状況にいるのか、まったく知る由もありません。

 事件が起きた後に、中国の韓国大使館及び中国公安に報告をし、事件の究明活動に関わる措置を取った後、韓国に帰国しました。そして家に帰りました。実は私たちは、新婚の夫婦でありますが、中国に旅行する前にちょうど1歳になる息子がおりました。息子の1歳の誕生日を祝った後で中国に行ったわけです。

 その子供が2歳になり、だんだん言葉を喋るようになりました。そしてその子が「お母さん、お母さん」と言葉を発しながら、「お父さん、お母さんは何で帰ってこないの?」と言うようになりました。その子供の問いかけに何も答えられない自分が、本当に情けないと思っております。

 皆さん、この場を借りて、私の妻が、一日も早く帰ってこれるように皆さんの力を貸してください。

 朴シネさんの証言

 こんにちは、(拉致された被害者)シン・ギョンスクの母親です。朴シネといいます。今聞いたように、私の娘は何の罪もなく、ただ中国に遊びに行っただけで、そうやって旦那の前で、袋に入れられて北朝鮮に連れていかれました。

 一人身ではなく、私の手に誕生日過ぎた息子がいました。今三つになりました。お父さん、お母さんどこ行ったかって聞く時は、私もこの胸が、この胸がはちきれそうです。子供はいつも「お母さんは何で帰ってこないのか?」ときき、写真を見てから「お母さ〜ん」と言って手を振ってます。

 この人も被害者だから、二人で一生懸命がんばって生きて帰ってこれるように、生きて帰ってくるように、皆様にお頼みして努力してくれたら、ほんとに、ほんとに何もいうことありません。

 お願い致します。努力してください。私たちも努力します。ありがとうございます。

 チョン・ヒソン女史の証言

 私は、1995年中朝間の貿易関係の仕事をしておりました。そして中国にいる貿易関係者を訪れた際に、娘と離れ離れになり、私自身は北朝鮮に送還され、生まれて初めて保衛部に拘束されました。北朝鮮に送還されれば保衛部に拘束され、取り調べ後に罪状によっては銃殺など死刑にもなると聞いていたので、必ず生き抜いて娘を探し出すという決心の下、娘を安全な場所に隠して、私一人で逮捕され北朝鮮に送還されました。そして保衛部での獄中、人間としての想像を遥かに超える様々な虐待を受けました。

 その後2002年もう一度脱北をして娘を探していたところ、再逮捕され、再び北朝鮮の保衛部に送還されました。その保衛部の刑務所は、本当に人がいるのか、いないのか判らないくらい静かな所でした。それは、収容者が皆衰弱しきっていて元気がないからでした。私自身も、狭い独房に入れられていたのですが、その中にはネズミ、ダニなど変な虫がいっぱいいました。

 人間も食べる物がないので、そのネズミを捕まえては食べていました。そして刑務所の所内放送からは、お前らがこうやってネズミを食べられるのは、肉が食べられるということなのだから感謝しろ、という意味の放送が流されていました。

 その刑務所では、男女を問わず6ヶ月以上生きられないほど厳しい環境です。ほとんどの人が死んでいきました。食事は、一日にトウモロコシと塩を少々くれます。たまに茹でた大豆が与えられるのですが、数えてみると200粒から220粒の量でした。そして水は与えられません。

 非収容者の中で、総じて女性は多少は長持ちしますが、男性はすぐに死にました。記憶している限りでは、毎日一人の男性が死んでいました。そしてその死体は、毛布にくるんで廊下に置いておくと、施設で働いている人たちが運び出します。死体をどう処理するのか、どこかに埋めるのか、火葬にするのかはわかりませんが、作業員たちの話を盗み聞きしたところでは、そのままの精神状態では死体を処理できないので、酒を飲んで、酔っ払った状態で死体を解体して処分するのだ、ということを聞いたことがあります。

 1年に及ぶ取り調べの結果、スパイの容疑がないことが判明して釈放されました。しかしその1年間で、私の体はすべてが変わりました。顔も変わり、髪の毛はすべて抜け落ち、体はゴム風船のように浮腫んでいました。迎えに来てくれた母親が私を見て「この人は私の娘ではない」と言ったほど、変わり果てていました。 母親として、生き別れになった娘を探すことは、人間としての当然の務めです。先程話したような苦労をした後でも、私は娘を探すために再度の脱北し、逃れた中国で金尚憲さん(韓国の救援NGO)に出会うことができました。

 しかしその当時、中国公安から金尚憲氏を、中国国内にいる脱北者を支援した罪で逮捕せよとの命令が出まして、運良く金尚憲氏は逃れることはできましたが、私はその時再々逮捕されました。このように私は、脱北者が今直面している苦境を自らも体験したし、また他の脱北者の辛い状況もたくさん見ています。私以上に苦しい立場にある脱北者も多数知っています。脱北者は離散家族となり、家族離れ離れになっているのが現実です。

 現在も、政治犯収容所の中では、たくさんの人たちが苦しんでいます。またそこで獄死した人々の霊魂が、その死の痛みに苛まれながら、彷徨っていると思います。そして罪無き多くの人々が、政治犯の名目で収容所に入れられているというのが現実です。

 そして私は、運良くベトナム経由で韓国に入国することができました。中国での潜伏生活中にキリスト教に入信し、神様の存在を知りました。神様のお陰で神の愛を体験することができました。

 最後に韓国政府に要求したい項目があります。もっと我々脱北者を、韓国政府が外交的な側面から政策として、考えて欲しいです。国際社会が、もっと北朝鮮の人権問題を見守る中、韓国政府も脱北者の現状及び北朝鮮の人権問題にもっと深く取り組んで、人権の研究を行ってほしいと思います。

 そして中国政府にも要求したいことは、中国政府は難民認定に関する条約に署名・批准をしております。そのような立ち場にある中国は、我々脱北難民の保護のために、条約の規定を守ってほしいと思います。そして中国国内で苦しい生活をしている脱北者に、もっと支援をしてほしいと思います。

第3部 北朝鮮に人権査察を!

 最後に第3部として、守る会及び韓国NGOから、先にアメリカで行われたフリーダムハウスによる北朝鮮人権問題に関する国際会議報告、そして、この会議の主たるテーマでもある、北朝鮮への「人権査察」の必要性について発言が行われた。

 フリーダムハウス「北朝鮮人権国際会議」参加報告(金基柱守る会会員)

 今回、7月19日、アメリカの首都ワシントンで行われたフリーダムハウス主催の第1回北朝鮮人権国際会議」に私と山田代表が参加してまいりました。ワシントンの「メイフラワーホテル」に、北朝鮮の人権を討論しあう会議が朝9時から夜の9時まで延べ12時間、非常に熱い熱気の中で行われておりました。

 受付に並んでいるボランティアの方たち、これは、在米韓国人の二世、三世及びアメリカにいらっしゃる韓国人のキリスト教会関係者、そしてアメリカの議会で直接世界各国の人権のために尽力なさっている皆さん、その人たちが並んで、韓国や日本から来た我々を暖かく迎え入れてくれました。

 この会議の様子は、「ボイスオブアメリカ」、そして北朝鮮にも直接リスナーがいると聞いている「自由アジアプレス」というラジオ局が、2階に特設スタジオを設けて、アナウンサー及び解説者が延べ延べと5時間半、現場の生放送をしたのが、非常に印象に残っております。

 会議の内容を若干説明しますが、一番最初にジム・リッチ下院議員でアジア太平洋小委員長の開幕の演説があり、続いて脱北者たちが韓国にたどり着くまでを描いたドキュメンタリー映画「ソウルトレイン」の上映、そしてその次に、拉致被害者である横田めぐみさんのドキュメンタリー映画「アブダクション(拉致)・横田めぐみストーリー」が上映されて、次いで拉致被害者家族会の増元照明さんの証言がありました。

 その次にこの会議の一番のハイライトともいえるのが、ソ連で収容所を体験した、元イスラエルの内務長官ナタン・シャランスキー氏と、姜哲煥さんの対談でした。

 その内容を紹介しますと、まず最初にシャランスキーさんが「姜哲煥さんの『平壌の水槽』(ポプラ社)を読んで、文化と歴史、背景は違うけれど恐怖の根本、そして抵抗のメカニズムはまったく類を共にすることに驚いた」と言いました。続いて「私がソ連の強制収容所にいる時に一番嬉しかったのは、アメリカのレーガン大統領が、ソ連を『悪の帝国』と名づけた時だった。そしてレーガン大統領は、ソ連が自国民を政治犯刑務所を送り込んでいる間は、絶対にアメリカは、ソ連とは友好関係にはなれないという政策をはっきりした。そしてそれが、だんだんソ連の崩壊及び社会主義の崩壊に繋がった」と述べ「そして今でもまったく同じことが、北朝鮮の国内でも行われている。ソ連に対したのと同じような方法で北朝鮮を崩壊させるべきだ」というようなことをシャランスキーは言いました。

 これを受けて姜哲煥さんも、「昔ヒットラーは毒ガス室で、数百万人を大量に殺していたが、北朝鮮の強制収容所では、たった50年間で既に数十万人が死んでいる」と。「21世紀の文明社会において、そのような場所は存在してはならない。これは人類の恥であり、このような問題も解決できない限り、国際社会において人権と自由を語ることはできない」と断言しました。今回の会議は、6者会談の始まる前だったんですが、「アメリカ及び日本、他の国際社会が、北朝鮮の核問題だけに取り組んで、その他の人権問題を見逃してしまうと、まさにそれは金正日の狙い通りだ」と。「だから人権問題を、核問題と連携せずに強く人権問題を訴えて、北朝鮮のその国の体制を本質的に変化させない限り、これから国際社会の支援もやるべきでない」と、いう意味のことを発言しました。

 姜哲煥氏は、最後に「私の命が、そしてこのような活動の力が続く限り、絶対金正日政権の打倒に向けてがんばります」と言った時に、その場において満場の拍手が湧き起こり、今私の胸にも響いております。ほんとに熱い演説でした。

 そしてその後、脱北者たちのいろいろな収容所、本日もチャン・ヒソンさんがお話ししていただいたような体験をなさった脱北者たち、そして今、ソウルで北朝鮮国内に向けてラジオ放送をやっている金ソンギさんのいろんな証言の発表がありました。そしてポーラ・ドブリャンスキー国務次官補が、韓国に対して北朝鮮の人権問題をフタをしたままで、いろいろな支援をやっていることは間違っている、と。どんな国であれ、地球上の国家であれば、北朝鮮の住民が今陥っている苦しみを見ながら、黙っていることはモラルとして許されることじゃないと述べました。

 姜イング氏(脱北難民保護運動本部会員)

 「脱北者への弾圧を止めない中国に北京五輪開催の資格はない」

 皆さんこんにちは。私は、脱北難民保護運動本部と北朝鮮救援運動という二つの団体で仕事をやっております姜イングと申します。本来であれば、我が団体の代表であります金尚哲が、この場に来て話をする予定だったのですが、最近韓国国内で、諸々の厳しい動きがあり、参席できずに、しかし私に、この場で代わりにスピーチしてほしいというメッセージをいただきました。

 北京オリンピックの話が先程から出ておりますが、実は、昨年から北朝鮮の人権問題を、もっと国際的に広く認知させようということで、日本のNGO及び私たち韓国のNGO、そしてこの場にはいないんですが、ノルベルト・フォラツエン医師らが力を併せて、昨年ギリシャのアテネで行われたアテネオリンピックに行って、人権を無視する中国でのオリンピック開催反対という運動を行いました。事実上、その運動が私たちの初行動になったわけです。

 ここにいらっしゃる山田先生にも多大なるご協力をいただき、また何人かの仲間の姿も見えますが、そのおかげで非常にいい結果を得ることができました。またもう一つわかったことがあります。このような運動、北朝鮮の人権問題や脱北者の問題に対しては、もっと国際的に韓国や日本、他の国も含めて、国際的なコミュニケーションをとりながら、もっと身近にコミュニケーションを頻繁に取りながら活動していくのが先ず大事であり、その結果、非常にいい成果を挙げることができるということがわかったのが、大きな収穫であります。

 今後はこのような会議、集会を数多く、より円滑に行って、そして一つの企画、プロジェクトを、要するに脱北難民の脱出計画、シェルター、隠れ家を設けるとか、そのようなことを日韓のNGO団体が、もっと緊密に話し合って実行しようというのが、私たちの会の代表である金尚哲の皆様に対するメッセージです。

 二番目に北朝鮮の人権問題、それをどういうふうに見ているか、韓国政府はどういうふうに見ているのかについて、お話しさせていただきます。皆様は、韓国がどうして北朝鮮の問題に対して、特に脱北者を冷たく放置し、そしてその裏では、今既に50万トンというお米を支援しながら、どうしてこのような政策を採っているのか? 非常に疑問に思っていらっしゃると思います。

 韓国の人権委員会が調査をしまして、その結果、韓国の政治的な背景、所謂左派、進歩派は今二つの問題を抱えております。その一つ目は、北朝鮮は主権国家であるが故に、人権問題は、あくまでも北朝鮮の国内問題であるという考え方を持っています。二つ目は、今北朝鮮の人権問題にとやかく言う団体は、あくまでも政府の中でも、右翼、保守派という見方をしているのが、左派、進歩派の考え方です。

 今韓国には、先程述べました人権委員会という団体がありまして、今まで北朝鮮の人権について全然興味を示さない、何も活動しなかった団体なんですが、最近北朝鮮国内の人権問題について、ある大学(東国大)の調査期間に下請けを出してリサーチをしていることが、判明しました。

 万が一、このような人権委員会の結果報告が、きちんと調査され、報告が出されれば、これは紛れもなく皆様が熱意を持って参加されているこのような会議、集会による韓国政府への圧力の賜物だと私は思っております。だから今韓国の人権委員会が行っている北朝鮮の人権問題の調査の結果を、皆さん絶対見逃すことなく注目してください。

 三浦小太郎(守る会事務局長)

 「アウシュビッツ解放60周年の年に北朝鮮強制収容所解体を」

 最後にわたくしの方から、もうひとつ守る会が取り組んできた、北朝鮮の強制収容所の問題、広く人権の問題について、できるだけ簡単にお話しをいたします。

 北朝鮮が山の中に、政治犯強制収容所、こういったものを持っておりまして、その中では非常に残酷な拷問が行われていること、そしてその政治犯の方々のほとんどは、一言、今の体制に不満を言ったとか、帰国者や日本人妻の方で、一言「日本に帰りたいなあ、日本の方が良かった」と言っただけで収容所に入れられてしまうような、非常に罪でも何でもないことで捕らえられている方々がいらっしゃいます。

 この政治犯収容所と恐怖、北朝鮮の国内で何か余計なことを言ったり、あるいは何人かで集まって、そこで何か不用意なことを言ったら、密告されてここに入れられてしまうんではないか、とこの恐怖感が北朝鮮の人々の気持ちをマヒさせてしまっていること、これはほぼ明らかなことだろうと思います。

 先程から何度も名前が出ております姜哲煥さん、彼は帰国者の息子として、耀徳政治犯収容所で非常に苦しい体験をされた方でした。この政治犯強制収容所、この解体と脱北者の支援、この二つは、今北朝鮮の人権問題を考える上で、避けて通れない問題です。

 本年2005年は、アウシュビッツが解放されて60周年です。アウシュビッツでユダヤ人がどのように虐殺されているかは、当時の世界の人々はまだ良く分からなかった。ですから、あの虐殺を止めることが出来なかったことにも致し方ない面もあるかもわかりません。しかし、今「北朝鮮のアウシュビッツ」で何が行われているかは、これだけたくさんの脱北者の人たちの証言、そして人工衛星による収容所の写真、現実に収容所を体験した人(姜哲煥、安赫、金英順ら各氏)の証言、これだけ集まれば、もはや充分すぎるほどです。もう一つ、今北朝鮮と中国の国境をさまよう脱北者の悲劇も、もはや我々はテレビの画面を通じて、ほとんど人たちに情報は伝わっているはずです。

 これだけ情報が伝わってきて、今日もこれだけの方々が、勇気を持って語っていただいて、これで私たちが何もしなかった場合は、私たちは北朝鮮の独裁体制の、中国の脱北者迫害の共犯者と言われてもしかたがないかもしれません。

 そして、この独裁政権を倒すためには、私たちもリスクを背負わなくてはいけません。一つには、北朝鮮というテロ国家や、中国という北朝鮮テロ国家の共犯国家に対して、私たちが相手がどのような強い態度で来ようとも、自分たちがあくまで人権と人道の立場からきちんとした反論をしていくことです。6カ国協議の場でも、他の交渉の場でも、常にこれが貫かれなければいけません。

 経済制裁は、もちろんその手段の一つとして、選ばれるべきだと思いますけれども、もう一つ、脱北者の救援と、その中で日本入国を希望する、帰国者、日本人妻、そのご家族の受け入が必要です。そして、韓国政府はさらに積極的に、北朝鮮で生まれた人々は全て同胞であると言う理念に基づき、脱北者を助け、中国政府の姿勢をも堂々と批判すべきです。独裁国家から逃れてきた人たちは、私たちの盟友であり、独裁者に苦しめられながら、勇気を持って脱出してきた私たちの同胞であるという意識を、民主主義国家である日韓両国の国民が、連携して持っていこうではありませんか。

 その第一歩として、どうしても必要なものが、この日本における北朝鮮人権法案です。今政局は、郵政民営化のみに集約されているような話題がありますけれども、郵政が民営化されるか、されないかで、人が何十万も死ぬとかいうことは、あんまりないと思うんですね。

 しかし、今現実に100万、200万、もしかしたら300万もの人たちが、隣国で餓死し、数十万単位の方々が、中国の中を逃げ惑っていること。そしてこの日本から、数十人、もしかしたら数百人の方々が、北朝鮮に拉致されて助けを求めていること。これらすべては、命がかかった問題であります。

 北朝鮮に人権査察を行い、現在北朝鮮で行われている人権抑圧体制に対して、NGOを含めた国際査察団をぜひ、派遣しなければいけません。脱北者に保護と定着を、今中国が行っているような不当な強制送還と救援団体への妨害を即時停止させなくてはなりません。同時にこの日本での脱北者の人たちの定着と平和な人生を作り出していくためにも、これらすべての問題が、この日本において北朝鮮人権法案という形で、せめてこの秋の国会で成立ができるように守る会も努力していきたいと思います。その他の皆様も、それぞれのお力を貸していただければ幸いでございます。本日はどうもありがとうございました。(終わり)

-----------------------------------

韓国・国家人権委 北の人権抑圧調査隠蔽 「同胞に冷淡」無用論噴出

2005年8月10日(水)産経新聞 

 【ソウル=黒田勝弘】韓国の「国家人権委員会」が北朝鮮における人権抑圧の実態調査をしながら報告書を公表せず、“隠いん蔽ぺい”していたことが明らかになり、「同胞の人権に冷淡な不思議な人権委員会」として、あらためて世論の批判を受けている。

 政府機関の国家人権委員会は「親・北朝鮮」の政府の意向を反映してか、北朝鮮の人権問題についてはこれまでも「北を刺激してはいけない」と、消極的な姿勢を続ける一方、イラク派兵に反対意見を発表したり、中高生徒の髪形規制を人権侵害と判定するなど余計(?)な活動が話題になっていた。

 マスコミには「誰が国家人権委員会に南北関係を心配しろといったか」(朝鮮日報社説)とし、存在無用論まで出ている。

 ソウルの各紙によると、国家人権委員会は昨年10月から東国大・北韓研究所に委託し、北朝鮮からの脱北者150人を対象に約4カ月間、北朝鮮における人権抑圧の実態調査を行った。結果は「脱北者証言を通じてみた北韓人権実態調査」と題する約170ページの報告書にまとめられた。

 委員会はこれを内部資料として外部には公表しないでいたが、最近になって野党議員を通じ、その一部が明らかにされ、それがマスコミで伝えられたため、報告書の存在を認めたという。

 調査報告書によると、北朝鮮で公開処刑の場面を目撃した者は75%におよび、餓死者についても64%が「直接目撃した」といい、ウワサで聞いた者を含めると90%にもなる。

 また、中国から北朝鮮に強制送還された脱北者の収容所で、強制的に流産させられた妊婦が3%、強制流産のウワサを耳にした者は35%に上る。

 命令によって出産した赤ちゃんを数日間、無理やり、うつぶせにして死なせるという例を証言した脱北者もいる。

 公開処刑に関しては「牛一頭を盗めば金日成の家族を殺したに等しいとして処刑された」という証言もある。市場では餓死者の死体の横で、平気でモチを売っている風景も目撃したという。

 また、2002年の経済改革の後、「食糧や生活用品は入手しやすくなった」が49%で「物価上昇で生活改善にはプラスになっていない」が44%となっている。

 

----------------------------------

8月1日、北朝鮮難民と人権に関する国際議員連盟第2回総会開催

NGOもプレゼンテーション、総会はアクション・プランを決定

編 集 部 

 30日の集会に続き、北朝鮮難民救援基金による同日夜にカメリアホールで行われた里子たちの証言と、孤児たちの中国での生活ぶりの厳しさ、中国警察の取締りの実態などが証言され、多くの人々に感銘を与えた(北朝鮮難民救援基金ホームページ参照)。また、7月31日には、北朝鮮難民救援基金による、ドキュメンタリー映画「ソウル・トレイン」の上映会とトークショーが行われた。実際に脱北者救援に当たっていた活動家達の行動が、多くの悲劇的な脱北者の運命と共に映し出された映像には、単なるヒューマン・ドキュメントだけではなく、現実にこれらの人々を救い出さなければいけない、独裁政権の手から奪還しなくてはいけないと言う強い意識を覚えさせるものでもあった。基金スタッフによる日本語版字幕も適切で、この日本語版が広く一般の方々に公開することが一日も早く出来る事を望んでやまない。

 8月1日は、東京パレスホテルにて、北朝鮮難民と人権に関する国際議員連盟第2回総会」が朝9時から行われた。議員は、アメリカ、韓国、日本、そしてモンゴルから参加。午前中、10時から12時までが、議員の方々の好意により、NGOによるプレゼンテーションの場となったため、難民問題として、ヤン・キム(北朝鮮自由連合)、テイム・ピータース、グレイス・ユン、そして北朝鮮難民救援基金里子のイ・ガンリョン、脱北者イ・ジョンスク、そして申定愛各氏が証言。つづいて、拉致問題として、チェ・ウヨン(韓国拉致被害者家族協議会会長)横田滋(拉致被害者家族連絡会会長)西岡力(救う会全国協議会副会長)真鍋貞樹(特定失踪調査会専務理事)各氏が訴え、議員の方々に、この差し迫った問題への理解を訴えた。また午後の議員総会では「ソウル・トレイン」が再度上映された。

 NGOによる会議への決議文は以下の通り

東京国際会議NGO決議2005年8月1日   
 北朝鮮による人権侵害の停止、拉致被害者の即時解放、中国政府による北朝鮮難民の強制送還中止勧告を求める決議

 北朝鮮難民と人権に関する国際議員連盟 殿

 署名NGO

日本 北朝鮮難民救援基金・北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会・

救え!北朝鮮民衆緊急行動ネットワーク(RENK)・脱北帰国者支援機構・

北朝鮮による拉致被害者家族連絡会・北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会・

特定失踪者問題調査会

韓国 ドゥリハナ宣教会・脱北難民保護運動本部・脱北人権連帯・韓国拉致被害者家族協議会

米国 Helping Hands Korea・
North Korea Freedom Coalition

ビルマ Women'sLeagueof Burma・Kachin Women'sAssociation・Democaracy for Kachin National

 2005年8月1日、私たち日本、米国、韓国、ビルマのNGOは、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の深刻でさまざまな非人道的人権侵害の停止と拉致被害者の即時解放を要求することに合意した。また、北朝鮮の人権侵害の実情に理解を示し、了解を与えているというと疑いを禁じえない中国(中華人民共和国)の態度を深く憂慮し、以下のことを確認した。

 脱北者は、飢餓から逃れ食糧を求める自由を探して越境するが、中国政府はこれを「難民」と認めず、「不法滞在者」「不法入国者」として逮捕・拘束・強制送還している。強制送還された脱北者は、北朝鮮刑法47条によって政治犯として厳しく処罰され、人権が認められない。

 また北朝鮮政府は、工作員を欧州、日本、韓国などに派遣し、誘引拉致を繰り返している犯罪国家である。その上、いまだに多数の拉致被害者を抑留し、偽遺骨などを提供し、生存を否定するという欺瞞を続けている。

 中国政府は、苦難にあえぐ脱北者と脱北をする人道支援家の不当逮捕を引き続いて行っている。拘束した脱北者を北朝鮮に強制送還している数々の事実も確認した。これらの行為が「難民条約」の乱暴な侵犯であり、国際条約を無視する態度であり、国際平和と秩序に責任ある立場を占める国連常任理事国の一員としてふさわしくないと考えざるを得ない。

 韓国政府はこれまで、北朝鮮からの脱北者を受け入れ、その数は1万名に近づこうとしている。韓国政府の努力には大きいものがある。しかしながら、北朝鮮難民を受け入れる最大の後方基地である韓国政府の最近の態度は、これまでとは逆に、在外公館で保護を拒否する事件を頻発させている事実も指摘しないわけにはいかない。

 私たちは、世界人権宣言の精神にのっとり、以下の決議を、この国際会議に参加したNGOの総意として発表し、参加した諸国各議員に以下の行動計画に積極的に関与し、実現するよう訴えるものである

1.北朝鮮に対し、国際議員連盟がイニシアチブをとり、人権査察団を早期結成し、北朝鮮に査察の受け入れを迫り実現してください。査察結果は、報告書の形で全世界に公表してください。想定する査察項目は以下の通りです。

 収容所(管理所)の実態調査、収容者の名簿、生存者、死亡者のリスト。

 中国から強制送還された者の北朝鮮での待遇・社会復帰状況の調査。

 北朝鮮鮮以外の国から拉致された被害者の実情調査。

 日本から北朝鮮に渡った元在日朝鮮人の行方不明者、日本人配偶者の安否調査。

2.人権査察団は、国際機関と協力し以下のことを調査してください。

 衛星写真や元強制収容所収容者などの証言に基づきその存在が明らかになった全ての政治犯収容所における実態調査と政治犯の釈放に尽力してください。

 国際的な援助食糧の適切な配分、調査などを徹底的に調査し、国際的にその結果を公表してください。

3.人権査察団の受け入れを拒否した場合、北朝鮮へのあらゆる支援を国際社会が停止するよう勧告してださい。

4.中国政府は、北朝鮮の飢餓と抑圧体制に耐えかねた脱北者や彼らを救援する人権支援家を不当に逮捕し、脱北者は北朝鮮に強制送還するという人権抑圧体制の共犯者となっています。平和とスポーツの祭典であるオリンピックが、人権抑圧によって多数の生命が失われ、虐待を看過する状況で開催されるのを容認しないと宣言してください。

 世界各国オリンピック委員会に2008年北京オリンピックの開催地変更を勧告してください。

5.人権査察団に適切な形で関係NGOの参加を考慮し、各国議員団は各政府に査察費の拠出を働きかけ、また北朝鮮から脱出し隣国に避難する脱北者に対して北朝鮮に送還せず保護するよう各国に働きかけてください。

6.脱北者の定住・定着のために各国は法を整備し、自立援助体制を確立してください。

7.日本、韓国、米国をはじめとする関係国政府に拉致問題解決のために経済制裁発動を含む全ての努力を行うことを議員の立場で求めてください。

 これに対し、議員総会は次の決議文を採択した。特に意義があるのは、私見ではアクション・プログラムに「4.国際議員連盟は、北朝鮮及び中朝国境に調査団を派遣し調査を行なうとともに、国連等に人権状況調査を要請する。」が銘記されたことであり、これは中国政府に対しある程度の影響を与えることが期待される。

 しかし同時に、この活動が更なる一歩に繋がることも期待したい。私たちNGOが中国大使館や中国政府に抗議しても、要請文を受け取りもしないのが現状である。しかし、日、韓、米の各国会議員が、今回のモンゴル議員との連携のように各アジア諸国とも連携し、人道、人権の元に脱北者の保護を中国政府に申し入れれば、中国政府も、また各国の中国領事館も反応せざるを得ないであろう。私達は良心的な政治家の方々と一層連帯し、中国政府に対し政策変換を迫らなければならないときに来ているのではないだろうか。

共同宣言

北朝鮮難民と人権に関する国際議員連盟 第2回総会 

 1948年12月10日に第3回国連総会において採択された世界人権宣言第一条に「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利において平等である。人間は理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神を以って行動しなければならない」と記されているように、各人の基本的人権は、いかなる環境にあろうともこの地球上に住むすべての人々の尊厳を守るために等しく保障されなければならない。

 それ故、我々は北東アジアにおける基本的人権の普遍的な保障および北朝鮮難民の諸権利の保障を目的として、2年前に、アメリカ合衆国、英国、オーストラリア、大韓民国、モンゴル国、および日本国の国会議員による国際議員連盟を結成し、各国政府及び国際社会において真摯な働きかけを続けてきた。昨年米国において成立した「北朝鮮人権法」や、韓国ならびに日本における同趣旨の立法に向けた取り組みはその代表例である。

 しかし、我々の努力にもかかわらず、北朝鮮をめぐる人権、人道上の問題は、国内の圧制、強制収容所における人権蹂躙、脱北者への過酷な措置、また、韓国人や日本人を対象とした拉致問題の未解決が示すように、憂慮に堪えない状態が続いている。

 我々「北朝鮮難民と人権に関する国際議員連盟」は、国益、党派、イデオロギーの違いを乗り越え、北朝鮮国民および脱北難民の生命を守り、人権を保障するためあらゆる国際的な努力を行うことをここに宣言する。

 第一に、北朝鮮当局に対し、国内における人権侵害を含むあらゆる非人道的行為を即時停止し、同国における人権状況の改善に向けた具体的な措置を講ずるよう要求する。

 第二に、飢餓と圧制の恐怖から逃れるため、自由を求めて越境してきた「脱北難民」を国際法上の条約難民と認定せずに「不法入国者」として逮捕、強制送還し、のみならず、彼ら・彼女らに人道的な支援を提供している人々をも不当逮捕、拘禁している中国政府に対し、当該難民およびその人道的支援者を、同国が当刻でさまざまな非人道的人権侵害の停止と拉致被害者の即時解放を要求することに合意した。また、北朝鮮の人権事国となっている国際条約に則って人道、人権に配慮しつつ適切に保護すべきことを要求する。

 第三に、国連および国際機関に対し、北朝鮮における強制収容所の実態をはじめ全般的な人権状況を調査し、また、中朝国境付近に逃れてきた脱北難民の生活環境や衛生状況などの実態調査を行い、これらを世界に公表することを通じて、北朝鮮国内および脱北難民に関わる人権状況を改善するための国際的な努力をさらに強化するよう要求する。従って、北朝鮮に対するいかなる国からの人道援助も、政治的・軍事的目的ではなく、あくまでも北朝鮮国内の人権状況を改善させる目的で行なわれなければならない。

 第四に、韓国や日本など関係諸国議会に対し、速やかに「北朝鮮人権救済法」を成立させ、その侵害状況を明らかにし、人権救済を促進し、また人権救済を目的に支援活動を行う国際機関、政府機関およびNGO組織を支援するために必要なあらゆる措置を講ずることを要求する。

 第五に、6者協議の場で北朝鮮の強制収容所、拉致問題等の人道的な問題の解決を議題として取上げることを要求する。

 各国議員による共同宣言に付随して採択されたアクション・プログラム

  行動計画

1.拉致問題は韓国、日本の重大な問題であり、議会が政府に対し問題解決の必要な枠組みを提供するよう要請するとともに、両国政府に対し、北朝鮮に対し毅然とした対応を行うことを要請する。

2.米国議会において北朝鮮人権法が採択されたことに伴い、日本と韓国においても北朝鮮人権法成立のために最善を尽くす。

3.各国代表団は、それぞれの議会に対し、共同宣言の趣旨を働きかける。

4.国際議員連盟は、北朝鮮及び中朝国境に調査団を派遣し調査を行なうとともに、国連等に人権状況調査を要請する。

 

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 

帰国事業の悲劇を忘れるな!朝鮮総連は今こそ責任を取れ!

朝鮮総連50周年大会に対し、守る会は会場前でビラ配布

編 集 部 

 去る5月24日、朝鮮総連は50周年大会を赤坂山王のキャピタル東急ホテルで開催した。守る会は、同日午後1時より、水道橋付近の脱北帰国者支援機構事務所をお借りして記者会見をおこない、山田代表並びに萩原遼名誉代表が、次頁の文書を配布すると共に、この総連祝賀会に対し、彼らが真に果たすべき帰国事業への取り組む姿勢が全く見られないことなどを指摘した。

 特に萩原遼名誉代表は、先日特定失踪調査会主催の、失踪者が拉致されたと思しき場所の現場調査に参加したことを述べ、現地の地形や拉致現場の周到な調査のされ方、緻密な犯行計画が想像されることなどから、単なる北朝鮮工作員のみによる犯罪とは思えず、直感として、この拉致事件が日本社会の深い闇とかかわっている問題であることを述べ、ジャーナリストとして、さらにこの朝鮮問題を深く追求していきたい意志を語った。

 同日5時半、山田代表,萩原名誉代表並びに、救う会他からの有志の方々と共に、一行は会場のホテル前にて、文書を一通一通封筒に入れて来客者に配布した。私たちの行動は妨害ではなく、総連並びにこの記念行事に参加する方々への理性的な訴えと問題提起であり、多くの方々が文書を受け取ってくれた。途中からあいにくの雨が降ってきたものの、場所を変えて文書配布を最後まで実施し、200枚以上の文書を配布することが出来た。

 当日の新聞報道を紹介する。

朝鮮総連50周年行事 「おこがましい」NGO批判声明 拉致の責任を追及

 朝鮮総連が結成五十周年記念中央大会を開いたことを受け、北朝鮮に帰国した元在日朝鮮人や、日本人配偶者の人権問題を訴えるNGO(非政府組織)「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」(代表=山田文明・大阪経済大教授)は二十四日、記者会見し「朝鮮総連は『帰国事業』という巨大な誘拐・拉致に責任を取れ」と大会を批判する声明を発表した。

 この後、同会の名誉代表でノンフィクション作家、萩原遼さん(68)らが朝鮮総連が記念パーティーを開いた都心のホテル近くで「拉致や拉致幇助(ほうじょ)の張本人が、パーティーを開くことはおこがましく、そこに駆けつける政治家は恥を知れ、と言いたい」と訴えた。(産経新聞 05/25)

--------------------------------

朝鮮総連は「帰国事業」という巨大な誘拐・拉致に責任を取れ

総連50周年記念大会が催されたホテルの前にてビラを配布する山田代表

 

  朝鮮総連結成50周年に際して  

 50年前の1955年5月25日、在日本朝鮮人総連合会(以下朝鮮総連と略す)は結成された。この組織が行った最大の活動といわれるのがいわゆる「帰国事業」である。北朝鮮帰国者の生命と人権を守ることを目的とする私たちの会として、朝鮮総連の50周年に際し次のことを指摘し、反省を求めるものである。

1.朝鮮総連は結成間もない1958年から本国の指示にそって「帰国事業」に着手し、“地上の楽園”という甘言で9万3千人もの在日朝鮮人と日本人配偶者を北朝鮮に送った。着いたところは地獄であった。一部の帰国者を除いて多くの在日朝鮮人帰国者には職業選択の自由はなく、北朝鮮当局の指示どおりに過酷な労働現場に配置され、水道や電気すらない家に押し込められ、配給だけの乏しい粗末な食べ物で餓えに苦しむ生活が待っていた。秘かに北朝鮮を脱出して日本に戻ってきた帰国者や日本人妻たちの口からそれらの事実がしだいに明らかになり始めている。「帰国事業」とは朝鮮総連が組織を挙げて行った巨大な誘拐・拉致に他ならなかった。朝鮮総連は、在日朝鮮人帰国者と日本人配偶者をだまし、地獄の苦しみを与えた責任を自覚し、彼らの救済のために組織を挙げて取り組む必要がある。

2.北朝鮮当局と朝鮮総連は、帰国者を人質にして多額の金品を脅しとっている。身内に帰国者をかかえた豊かな在日朝鮮人は、その財産を狙われ、2億、3億という巨額の献金を要求された例も枚挙にいとまがない。帰国者をわざと強制収容所にいれて献金を強要する悪質な例も少なくない。在日朝鮮人の財産調べに朝鮮総連が手を貸していることも伝えられている。朝鮮総連は北朝鮮当局の恐喝政策の共犯となっている。あなた方はこれら恥ずべき仕事に対して反省を感じないのか。

3.いま日本には、北朝鮮を脱出してきた帰国者と日本人配偶者が100人近くにのぼっている。これからもますます増える傾向にある。何十年ぶりかに帰ってきた日本ではあるが生活や子弟の教育などでさまざまの困難を抱えている。彼らの窮状を見かねて心有る日本人と在日韓国・朝鮮人の手で「脱北帰国者支援機構」もこのほど発足した。自民党、民主党などでも脱北帰国者を支援する法律を作る動きも進んでいる。

 しかし誰よりも積極的にこの動きに加わるべき組織は朝鮮総連である。いまも北朝鮮で地獄の苦しみにある何十万人もの在日朝鮮人帰国者を希望するところに行かせるよう本国当局に進言すべきである。またすでに日本に戻ってきた帰国者の生活と教育、就職斡旋などで朝鮮総連は組織を挙げて支援する責務がある。

 「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」は、朝鮮総連結成50周年に際し以上のことを指摘して朝鮮総連に強く反省を促すとともに、その実行を注視するものである。

   2005年5月24日

 北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会

--------------------------------

日本共産党、萩原遼名誉代表を除名

 そして、約1ヵ月後の「しんぶん赤旗」は、萩原遼名誉代表の日本共産党除籍を発表した。同記事(6月23日 しんぶん赤旗「萩原遼氏を除籍」によれば、「二〇〇二年九月に日朝平壌宣言が発表されると、萩原氏は、元『赤旗』平壌特派員の肩書で次々とマスコミに登場。日本共産党が、北東アジアの安定と平和を確立する立場から、核問題や拉致事件など、日朝問題の解決の目標と方向を示したものとして平壌宣言を評価したのにたいし、萩原氏は、『一部の政党』と名指しは避けつつも、『身代金交渉に応じる卑屈な論』だと批判」したとし、これを日本共産党批判と解釈している。さらに「五月二十四日の朝鮮総連結成五十周年記念レセプションの際、会場の近くで、「『そこに駆けつける政治家は恥を知れ』と訴えたことが報道」されてた事を指摘し、「萩原氏は、党からの注意をまったく無視し、党規約に反する行動を続けました。このような事実を慎重に審議した結果、党員としての資格を自ら喪失したものと判断し、規律委員会は、党規約第十一条にもとづき、十七日、萩原氏と協議を行い、除籍を通告(中略)」「党規約第十一条は、「党員の資格を明白に失った党員、あるいはいちじるしく反社会的な行為によって、党への信頼をそこなった党員は、慎重に調査、審査のうえ、除籍することができる。除籍にあたっては、本人と協議する」と定めています。」と結んでいる。

 萩原氏はこれに対し、雑誌「諸君!」8月号並びに9月号で反論。ここでは8月号の記事を紹介する。

*  *  *  *  *

 不当除籍に抗議、金正日と握手する日本共産党

萩 原  遼 

(前略)彼らが除籍の根拠とする党規約11条は「第4条に定める党員の資格を明確に失った党員、あるいは著しく反社会的な行為によって党への信頼を損なった党員」に対して適用されるとある。私は4条に定める党の綱領と規約を認めており、党の前進を願って50年近く活動しており、党組織に所属し、党費も払っている。11条違反には該当しない。11条のいう「著しく反社会的な行為を」犯したというなら、具体的に指摘すべきではないか。

 過去に規律委員会が私に求めてきたことは、元赤旗平壌特派員の肩書きを使うなというものであった。私の経歴は隠しようもないし、また経歴隠しも経歴詐称につながることを説いて彼らの非常識をたしなめた。彼らの要求のもう一つは、党見解と異なる意見を公表するなというものである。北朝鮮問題についてマスコミからコメントを求められる時、一々党本部に伺いを立てる時間的余裕のなさから食い違うこともあることを述べた。党中央と私の間でも意見が違う場合も名指しで批判したことはない。綱領を認め、大局で一致していれば多少の意見の違いに目くじらを立てないことが開かれた党になる上で好ましいと主張した。少数意見を認め党機関紙上で論議することが党にも国民にも利益になると私は主張した。

 党規約第3条の(5)は「意見が違うことによって、組織的な排除を行ってはならない」とある。今回の除籍措置は規約の明白な違反である。規約違反のこの措置を断じて認めるわけにはいかない。

 朝鮮総連は反社会的団体

 東京都都議会議員選挙を前にして唐突に日本共産党が私を除籍したのは、朝鮮総連との関係であろう。

 規律委員会の通知は、5月24日の朝鮮総連結成50周年記念レセプションで私が「党員とは相容れない言動を取っている」という。「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」が5月24日に発表した声明「朝鮮総連は『帰国事業』という巨大な誘拐・拉致に責任を取れ」をレセプション参加者に配ったことが「我が党の立場や活動を攻撃することに他ならない」と言っている。日本共産党はいつから朝鮮総連と一心同体になったのか。朝鮮総連から頼まれて今回の措置を急いだとの見方もある。

 そもそも朝鮮総連とは何か。北朝鮮の金正日政権の出先組織である。彼らは北朝鮮の駐日大使館のごとく振舞っている。その主要メンバーは朝鮮労働党員であり、朝鮮労働党日本支部を構成し、組織の指示どおりに動いている。

 彼らは日本人拉致の現地請負人としてその幇助に加わってきた。それに関わった元メンバーの証言が何冊も公になっている。朝鮮総連は紛れもない拉致の下手人ではないか。朝鮮総連はまた1960年代に帰国運動と称する大規模な「誘拐・拉致」運動の推進者として10万人近い在日朝鮮人とその日本人妻を北の地に送り、日本への一時帰国もほとんど許さず40年あまりも拘禁し、今なお地獄の苦しみを与えている。

 さらに朝鮮総連は、帰国者を人質にして日本に残った在日朝鮮人の家族に億単位の金を恐喝するなど、ゆすり、たかりを常習とする反社会団体である。彼らはまた配下の暴力団と組んで麻薬の持ち込み、密売にも手を染めているとも伝えられる。これらはみな本国の金正日の指示と了解のもとに行われている。朝鮮総連の幹部と握手することは金正日と握手することに他ならない。

 こうした事実を不問に付して、彼らと握手し、結成記念パーティーに駆けつけるとは、日本共産党もまたその同類であることを天下に知らしめることになるのではないか。暴力団の集会に出席した政治家は世論の指弾を受け、確実に失脚する。暴力団の何十倍も悪質な反社会集団の集会にいそいそと馳せ参じることは党を汚す行為ではないか。

 そうでないというなら、日本共産党は私の指摘に反論してみよ。

不破氏と現指導部は党の方針を逸脱

 1983年の北朝鮮の国際テロ行為であったラングーン事件以来、日本共産党は北朝鮮指導部を「野蛮な覇権主義」と呼び、朝鮮労働党および朝鮮総連との関係を断絶した。北朝鮮の金正日政権はその後もテロ行為を止めず、1987年には大韓航空機を爆破し115人の人名を奪う殺人行為を行った。爆破犯人の一人金賢姫はこれが金正日の直々の指令によるものと告白した。当時の宮本議長は北朝鮮をきびしく非難した。この時の我が党の態度は原則にかなったものであり、多くの国民から支持を受けた。

 しかるに不破氏はその後この原則的立場を離れて、大韓航空機爆破事件を金日成時代のものと勝手に断定し「そういう種類の動きは、金正日氏の代になってからは、ないですよね」(赤旗2000年8月24日付)といっている。これまでの党の方針からの明白な逸脱ではないか。

 こうした逸脱の上に立って何の説明もなしに2000年に朝鮮総連と和解し、その後は彼らの大会に党幹部を出席させ祝辞を述べさせている。いつ、どの党会議でこんな方針に変わったのか説明されたい。説明もなしに勝手に党の方針に反する言動を取ることは、これこそ規律違反であり、処分の対象となる。規律委員会は私に対する不当な措置を取り消し、不破氏の言動を党規約と決定に照らして厳重に審査すべきである。(終)

*  *  *  *  *

 萩原遼名誉代表と日本共産党との関係について、ここでこれ以上の論評は差し控える。しかし、ただ一つ守る会にとって重要なのは、帰国事業に対する朝鮮総連のみならず、日本共産党がどの程度責任を自覚しているかという問題であり、拉致事件を初めとする北朝鮮の国家犯罪ならびに、帰国者、日本人配偶者の悲劇、そして政治犯強制収容所に代表される北朝鮮の人権抑圧体制に対し、どこまで厳しい視点を有し、かの体制に人権改善を迫っているか否かである。さらに言えば、北朝鮮からの脱北難民を不当逮捕し、救援市民団体を妨害し、北朝鮮人権抑圧政権の共犯者と成り果てている現中国政府に対しても、同様に、アメリカの世界戦略や戦争に対するのと同じように批判的姿勢を貫いているか否かである。残念ながら、その姿勢には疑問点を感じる方が、共産党の政策を支持する方の中にも見受けられるように思われる。

 萩原遼名誉代表は、現在、脱北者の集中取材を準備中であり、また韓国でも様々な取材活動が予定されている。今後、組織を離れると共に、完全な自由人として、北朝鮮帰国者の人権問題に一層ペンと言論の力によって寄与される事がますます期待される。

--------------------------------------------

9月10日 大阪でも「ソウル・トレイン」上映会のお知らせ

 脱北者救援では最も実績を上げてきた市民団体、北朝鮮難民救援基金からのお知らせを紹介します

 関西方面で興味のある方、是非ご参加ください。ここでの里子とは、脱北者のうち、親を飢餓などで失った孤児たちを基金関係者が里親となって助け、最後には韓国への脱出に成功した子供たちです。

(以下、北朝鮮難民救援基金ホームページより)

 9月10日、大阪でも開催決定!

 「国境を越えた子どもたち」の証言とドキュメント映画「ソウル・トレイン」上映

 1998年から北朝鮮難民救援基金の教育里親制度によって保護され、教育を受けてきた里子たちが一昨年、新しい将来を切り開くために、現地責任者と共に危険の伴う中国脱出を敢行しました。当時、コッチェビとして小学校低学年ほどの年齢だった子どもたちは既に十代の半ばを過ぎ、このまま中国で不法越境者≠ニして未来のない暮らしを続けることに限界を感じるようになってきたからです。

 第一部では、7月に東京で行われた証言集会に続き、今回は別の里子2人を日本に招き、北朝鮮と中国での体験や生活について語ってもらいます。

 第二部では、北朝鮮難民脱出ドキュメント映画「ソウル・トレイン(Seoul Train)」を上映します。この映画は約1時間のドキュメンタリーで、世界のドキュメント映画祭で、数々の賞を獲得した優れた作品です。東京での上映では観客に大きな衝撃と感動を与えました。

 生きるために中国へと逃れてきた脱北者を待ち受けているのは、中国政府による弾圧と、その後の強制送還です。「こんな中国にはいられない!」と各国の人道支援活動家たちが立ち上がり、終着駅・ソウルにむけて「地下鉄道」ができあがりました。これはそのような脱北者と支援活動家の闘いと苦悩、喜びを描いたヒューマンな記録映画です。

日 時:2005年9月10日(土) 13:30開場 14:00開会

会 場:アピオ大阪(大阪市立労働会館) 4階 桜

     〒540−0003大阪市中央区森之宮中央1−17−5 TEL06−6941−6332

交 通:JR環状線、地下鉄 森ノ宮駅

参加費:1000円

 

------------------------------------

ブッシュ大統領との会見を終えて

姜 哲 煥

北韓民主化運動本部(原名―北韓政治犯収容所解体運動本部)共同代表

 去る6月13日ホワイトハウスでブッシュ大統領と会見した後、私は会見申し込み旋風の中にいる。想像もしなかったことが起きたのだから、理解できることである。朝起きたら、私はスターになっていた。

 AP、BBC、TV朝日、国境なき医師団、国際NGO諸団体からの沢山のインタビューに囲まれ、私の仕事はレポーターなのだが、どちらがレポーターなのか戸惑うほどであった。私の携帯電話は休みなく鳴り続けた。私の頭は切れ目ない激励の電話で渦巻いていた。

『平壌の水槽』の韓国版『収容所の歌』が出版されて3年立つが、1千部も売れていなかった。ところが、ホワイトハウスからソウルに戻ってみると、毎日千部売れていた。大きな書店ではベストセラーになっていた。君は偉大なことをしたと言って私を励ましてくれる人たちもいれば、ブッシュ大統領との会見が何で賞賛に価するのかと言って、私を非難する人たちもいた。しかし、たいしたことをしたといって評価してくれる人々の方が多かった。

 私はそのような賞賛に値しない。なぜなら私は何か偉大なことをしたとは思っていないから。私は脱北者の一人として、特にヨドック政治犯収容所の元囚人の一人としてやるべきことをしているに過ぎないからである。

 何百もの激励電話の中で、私を泣かせた一つのメッセージがあった。私自身を鼓舞したのは、中国で自由もなく、まさに奴隷のように生きている脱北者たちからの激励のメッセージであった。

 誰かの助けをえて書かれた一つのEメ−ルがあった。中国のどこかに住んでいる脱北者からである。彼女はメールの中で、中国公安による逮捕から必死に逃れて、

中国に隠れ住んでいる脱北者たちのために、あなたは大きなことをしたといって高く評価してくれた。今回のことで、彼らはその苦しみに耐える力を与えられ、北朝鮮の人権活動家になるように励まされたと言い、そして彼女は北朝鮮の人々が解放されるまで私が北朝鮮の人々のために行動するよう心から要求した。

 ヨドック収容所で両親と子供たちを亡くし、辛うじて一人だけ生還した老婦人、金英順さんは、今は北韓政治犯収容所解体本部の運営委員の一人であるが、彼女は私の手を握ったまま、言葉にならず泣いていた。

北朝鮮に全家族を残して脱出したある老婆は、私にありがとうと言った。

 ある脱北者は、父親が国家保衛部の地下牢で死に、叔父がヨドック収容所に囚われていると言って、本当にあなたに会いたいと言って電話をしてきた。収容所に囚われている家族のことを思うと、怒りで眠れないと言う。

 収容所や国家保衛部の牢獄で受けた拷問と迫害の記憶と傷を持って生きている脱北者たちに会うとき、私の心は痛む。多分彼らが収容所で飢えと拷問で死んだ数知れない魂の苦痛を共有しているから、彼らの感情が私を動かすのだ。

 今まで北朝鮮問題に何の関心も無かった人々が、私の本を読んで、北朝鮮の本当の状況を理解し、認識してくださることを、うれしく思う。

 私とブッシュ大統領との会見が、韓国の人々が北朝鮮の状況の深刻さを理解し、北朝鮮の人権問題が特別に重要であることを認識する機会となることを望みたい。

2005年8月16日 

 

----------------------------------

ブッシュ大統領、「脱北者出身」朝鮮日報記者と40分間面会(朝鮮日報 6月15日)

 米国のジョージWブッシュ大統領は13日(現地時間)、北朝鮮の強制収容所の実態を暴露した本『平壌の水槽』の著者である脱北者出身の朝鮮日報・統韓問題研究所の姜哲煥(カン・チョルファン/37)記者をホワイトハウスの執務室に招き、北朝鮮の人権問題などについて40分間話し合った。

 ホワイトハウスの高官は「ブッシュ大統領が数か月前、姜氏の著書を読んで胸を打たれ、著者に会いたがった」と姜氏を招いた背景を説明した。(中略)

 ブッシュ大統領は面会で姜氏に「あなたの本を読で大変心が痛んだ。北朝鮮に関する正直な話を聞きたいと思って招いた」とし、「すべての米国人がこの本を読んで、北朝鮮の実態を知ってほしい」と述べた。

 ブッシュ大統領は姜氏に米国が北朝鮮の人権問題に直接手がけることに対する意見と中国で活動している宗教団体の脱北者支援状況について質問した後、「北朝鮮の人権問題は極めて深刻だ。自分も人権問題により関心を持って、同問題の解決に向け努力したい」と述べた。

 平壌で生まれた姜氏は、9歳の時、耀徳(ヨドク)政治犯収容所で10年間生活した後、92年北朝鮮を脱出、韓国入りした。

 姜氏は00年、フランスのマスコミ関係者のピエール・リグロ氏とともに耀徳収容所での生活を描いた『平壌の水槽』を英語やフランス語、スペイン語などで出版した。

 

-----------------------------------

関東支部学習会のお知らせ 今後、月末日曜日を定期的学習会・意見交換会として決定

 関東支部では、今後、守る会会員との定期的な集まりと学習の場として、毎月最終日曜日(予定)に定期的な学習会を開催することに致しました。これまで、どうしても一般会員の方々の意見交換や交流の場が少なくなりがちだった傾向を改めると共に、今後ますます必要な守る会活動の日常的な基盤にしていきたいと思います。皆様のご参加をよろしくお願いいたします。

テーマ:姜哲煥「平壌の水槽」を読む

 帰国者の子息として北朝鮮で生まれ、一家と共に政治犯収容所に送り込まれると言う悲劇的な運命を辿った姜哲煥の著作「平壌の水槽」(ポプラ社 税込1,680円)を、守る会の活動の軸である、政治犯強制収容所、並びに在日帰国者の視点から再検証します。

講 師;小川晴久(守る会名誉代表)宋允復(守る会事務局次長)ほか

日 時:9月25日(日)午後1時半開場  2時開会

場 所:星陵会館 3階A会議室 永田町駅6番出口下車 電話03−3581−5650

参加費:500円

 

----------------------------------

この3月、8月の守る会関係集会にご参加いただいた国会議員リスト

 選挙が近づいてまいりました。私達は勿論特定の政党を指示する立場を持つものではありませんが、今年になってからの守る会活動にご参加いただいた国会議員の方々(および、秘書の参加も含む)をご紹介します。会員の皆様方の投票行動の一つの参考となれば幸いです。また、安倍晋三自民党幹事長代理がご多忙の中、脱北者と面会の機会を作っていただいた事も付記しておきます。

 3月17日の衆議院議員会館における脱北者証言集会にご参加いただいた国会議員(カルメギ63号参照)

【自民党】鳩山邦夫、大前繁雄、中川昭一、山口泰明、岩永峯一、玉澤徳一郎、菅 義偉、山本一太

【民主党】中川正春、中井 洽、石井 一、長島昭久、西村真悟、原口一博、古賀一成、下田敦子、松岡 徹

【公明党】漆原 良夫

8月1日の国際議連に参加いただいた日本国会議員の方々

【自由民主党】大前繁雄、小林 温、菅 義偉、菅原一秀、原田令嗣、山本一太 各議員

【民主党】藤田幸久、松崎公昭、松本剛明、森ゆうこ、若林秀樹、渡辺周、木俣佳丈、棒場賀津也、

末松義規、田中慶秋、高橋千秋、内藤正光、中井 洽、中川正春、中野寛成、長島昭久、

那谷屋正義、白眞勲、鳩山由紀夫 各議員

 

編  集  後  記

 今年の猛暑は凄まじいものでしたが、私は余りの部屋の汚れのせいか、喘息気味で体調を崩し、殆ど無為に過ごしてしまいました。確かにろくに掃除もしなかったからなあ……おかげで観れた映画は「リンダ リンダ リンダ」のみ。しかし、これは面白かった。ペ・ドウナは勿論、香椎由宇が「ローレライ」の時より遥かにいい(彼女はこれから相当伸びるのではないでしょうか? もっと色んな役やれそうです。)。

 今回の7月30日集会の内容は大変充実したものでしたが、残念ながら、余り多くの報道などは見られませんでした。そこで、会員の方々や広くマスコミ、また他のNGO、人権諸団体にもこの集会についてお知らせするためにも、今号では集会内容に多くのページを割かせていただきました。ご参照いただければ幸いです。各氏の発言の向こうに、脱北者の苦難の姿が浮かび上がってくることと思います。

 正直、今守る会は会員拡大が第1の目標です。北朝鮮の人権抑圧体制に立ち向かうためにも、多くの方々に会員という形でご協力いただければ幸いです。是非、周囲のご友人の方々にお声をおかけください (三浦)

発行:北朝鮮帰国者の生命いのちと人権を守る会年会費:5,000円  郵便振替口座 00140-4-718645

00970-1-119745

裁判支援振替口座  口座名「守る会訴訟支援」  口座番号「00920-7-134220」

代表 山田文明  〒581-0868 大阪府八尾市西山本町7-6-5TEL/FAX(0729)90-2887

東 京 本 部  〒100-8691 東京中央郵便局私書箱551号TEL/FAX(03)3262-7473

関 東 支 部  〒152-0002 東京都目黒区目黒本町3-15-16(谷川 透方)TEL/FAX(03)3712-5202

関 西 支 部  〒581-0013 八尾市山本町南2-6-34(窪田和夫方)TEL(0729)99-8780

東 北 支 部  〒981-0952 仙台市青葉区中山8-25-8-305(相原悦子方)TEL/FAX(022)277-2471

中国・四国支部  〒791-8022 松山市美沢2-7-15(福本正樹方)TEL/FAX(089)923-4732

 カルメギ・ホームページ(担当 福本正樹)http://homepage1.nifty.com/northkorea/頒価200円