映画『金日成のパレード』を観る
中国・四国支部長 八木 隆
7月7日大阪経済大学で、北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会主催の学習会があった。映画を観た後で対談を聞いた。
映画は『金日成のパレード―東欧の見た赤い王朝』をDVDで観た。
萩原遼さんの司会で、映画の配給元のパレードキネマの朴炳陽社長と脱北者で米下院で証言に立った千葉優美子さんこと高政美(05年7月日本へ)の3人で対談した。
この映画は北朝鮮が韓国のオリンピックの向こうを張って、89年7月に開いた建国40周年記念式典の摸様をポーランドのアンジェイ・フィディック監督がドキュメンタリー映画として撮影したもので、延々と続く行進、踊りと見事なマスゲームである。提供ポーランドポテル社、配給はパレードキネマ社。
日本で上映時「会場で上映された時は全編爆笑、失笑、嘲笑の渦。それほどそこに展開された北朝鮮の現実は、金日成神格化を中心にいまスターリン主義を超え、改革を目指す人々には何とも受け入れがたいものだった」(キネマ旬報90年2月)と評した。
配給者の朴さんは、萩原さんに感想を聞かれて「90年に輸入、歴史に残る映画として作った。この映画はある種の悪魔性を持つものだ」と答えられた。
マスゲームで間違えば収容所に
平壌市の群衆パレードの指導者でもあった千葉優美子さんは、どんな指導をするのかとの萩原遼さんの問いに答えて「練習は朝5時から夜の10時頃までやり、間違えば保衛部に消されることもある。トイレにも行けない。何年も前から練習する。平壌に住んでいる人は子供でも訓練される。集団体操・マスゲームは場面場面をやる。絵を出すのを一つも誤りは許されない。背景台にいる子供は5〜6時間外出は出来ない。トイレはビニール袋を持っていてする。70年代に金正日が進出し、マスゲームなどを見せ物とした」と裏話をされた。
萩原さんの「貴方は行進の指導などもされたが、どんなにするのか」との問いに千葉さんは自ら実演をしてみせた。又「20人に1人の責任者を置き、彼らに指導する。少しでも駄目なら政治犯にされ強制収容所送り。学生でも気苦労で白髪になるものもいる。日本に来て2年になるが、自分の罪だと思っている」などと証言された。
映画を見、対談を開いて、かの書割の劇場帝国と62年前の大日本帝国を思った「天皇陛下万歳・万歳・万歳」と響きあう声が映画の「マンセー・マンセー」と重なって、安倍首相の顔が浮かんだ。
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北朝鮮との安易な妥協にクギ
「北朝鮮人権法」に追加された第7条の意義
守る会前代表 山田 文明
「拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題への対処に関する法律の一部を改正する法律案」が6月19日に衆議院を通過し、29日に参議院を通過・成立しました。改正された点は、これまでの第7条を第8条とし、新しい第7条を追加したことで、その新しい第7条は以下の通りです。
「第7条 政府は、その施策を行うに当たっては、拉致問題の解決その他北朝鮮当局による人権侵害状況の改善に資するものとなるよう、十分に留意するとともに、外国政府及び国際連合(国際連合の人権理事会、安全保障理事会等を含む。)、国際開発金融機関等の国際機関に対する適切な働きかけを行わなければならない。」
韓国の後追って米も後退
今、この条文が追加されたことには大きな意義があるでしょう。なぜなら、金正日政権の核問題をめぐって、アメリカ政府の姿勢は後退を重ね、6か国協議の中で日本政府にも北への支援を要求しだす事態も予想されるからです。韓国ではハンナラ党まで「親北政策」を打ち出すような有様で、7月のASEAN外相会議でも金正日政権の核と人権問題に対する姿勢に一段と緩みが生じ、食糧支援を表明する国もありました。
このような国際的動向では、金正日政権の核問題も結局解決できないで、金正日の延命に手を貸すだけに終わることでしょう。「歴史は繰り返す」といわれますが、あまりにも愚かなことです。なぜこのようなことになるのでしょうか。 それは何百万人もの人々に心身両面の深刻な被害を生みだし続けている金正日政権の人権・人道犯罪を、各国政府が軽視し続けているからです。
日本政府に歯止めかける
そんな時、第7条を追加して、せめて日本政府の対応だけでも、金正日政権に対する「施策を行うにあたっては、拉致問題の解決その他北朝鮮当局による人権侵害状況の改善に資する」よう十分に留意することを定めた意義は大きいでしょう。金正日政権による人権犯罪を許さず、非軍事的制裁を加え、被害者を徹底して救援していく政策を米・中・ロ・韓・日が連携して実行するなら、問題は簡単に解決できるのです。そして、それは同時に核問題も解決することに通じるでしょう。人権・人道を基本に外交を進めることは21世紀の国際政治の原則にしていくべき課題です。
北の人権犯罪を追及する
ことが「拉致」にも資する
この改正に反対した社民党と共産党には、今回の参議院選挙の敗北原因、そしてこれまでの何回もの選挙の敗北原因をしっかり考えてもらわねばなりません。
共産党の笠井議員は、この改正案の審議で、脱北者問題など北朝鮮当局による人権侵害問題は内政問題であって、日本の国内法で対処を決めることは内政干渉だと繰り返しています。これでは難民の保護はすべて内政干渉だと言っていることになります。その上、脱北者には日本国籍者を含む日本関係者も多いという事実が、未だに理解できていないようです。この人たちを救出し、保護することは日本政府の国内的な義務であり、国際的な権利です。拉致問題も金正日政権による人権侵害問題の一環であり、この人権犯罪を追及する国際的な運動の中でしか拉致問題も解決できないことが理解できないようです。拉致問題だけに矮小化することは、拉致被害者の救出自体を遅らせる結果になるでしょう。
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日本国民『石川一二三さん』が北朝鮮に戻った
守る会代表 三浦 小太郎
北京で記者会見した一人の女性
6月26日午前9時、北京の北朝鮮大使館で、一人の女性が記者会見を開いた。名前は都チュジさん。自らを「朝鮮民主主義人民共和国国民」と名乗り、2003年10月に『悪い人』に騙されて日本に連れてこられたが、今息子達のいる北朝鮮に戻ります、日本は自分の知っている40数年前の日本とは全く違った冷酷な社会になってしまっていた、というのが記者会見の内容だった。日本人妻平嶋筆子さんのケースに続いて、一度日本に戻ってきた脱北者が再び北朝鮮に戻るのは2人目のことだ。
都チュジとは朝鮮名であり、彼女の本名、そして彼女自身が拘っていた名前は『石川一二三』である。彼女は1949年10月28日、神奈川県川崎市で在日朝鮮人の父と日本人の母との間に3女として生まれ、60年両親とともに、北朝鮮帰国運動で北に渡った。彼女は日本で日本人妻の子として生まれた為、日本国籍を保持している。彼女は日本に最初に来た時に「私の母は辛い人生を送ったけど、ただ一つ、この日本国籍だけは私に残してくれました」と語っていた。私は以下の文章では、彼女のことを『石川一二三さん』と呼ぶことにする。
石川さんの兄は、9年前に北朝鮮を先に脱北、瀋陽日本領事館にたどり着き保護され、日本入国を果たしていた。後に「北朝鮮大脱出」(新潮OH文庫)を書く宮崎俊輔氏(ペンネーム)である。兄は自分達の家族を助けるべく、支援者に資金その他の協力を得て2003年中国に渡り、現地朝鮮族のブローカーを使って北朝鮮国内の家族と連絡を取った。結果、石川さんは中朝国境まで出てきて、兄の説得のもと瀋陽日本領事館を目指した。
石川さんが私に語ったところでは、彼女は兄と数年ぶりに対面し、経済的支援を受けることを目的で中朝国境を目指したので、日本に来る明確な決意を持っていたわけではないようだ。しかし、もし全く脱北の意志がなかったのなら、石川さんはその時点で同行を拒否すればよく、その後瀋陽領事館に約2週間保護されていたが、その間にも日本に行く意志はないことを表明すれば、それなりの外交的解決がなされただろう。彼女自身もまた兄も、北朝鮮で生きていくより、日本での生活の方がはるかに希望があることを、この時点では認識していたはずだ。
しかし、2003年11月以降千葉県で生活をはじめてから、石川さんには様々な現実がのしかかっていった。日本政府は石川さんの日本国籍を認め、さらには生活保護の形で最低限の経済支援をしてくれた。日本国民であれば、この範囲内で質素でも静かに暮らしていくことは可能だったろう。しかし、石川さんのアパートに引っ切り無しにかかって来たのは、北朝鮮に残してきた息子達や親族からの悲鳴のような電話だった。
残された息子達からすれば、豊かな日本に戻った石川さんから、それなりの経済的支援が送られることを期待していた。しかし、生活保護の彼女にはそれに答えるすべがなく、いくら説明しても、北朝鮮とは全く政治・経済体制が異なる日本のシステムは伝わらなかったようだ。しかもこの電話はコレクトコールであり、長時間話せば高価な電話代がかかる。石川さんも家族に、電話ではなく手紙などにするよう説得していたようだが、現実に電話口で子供の声が聞こえれば、母親として中々切れないのが人情である。電話代だけで数万円を請求されることもあった。
日本に最後までなじめなかった悲劇
そして、日本の生活に石川さんは最後までなじめなかった。まず、まだ10代すぐで北朝鮮に帰国したせいか、日本語は会話に問題はなかったが、漢字を読みこなすことはできず、必然的に新聞、雑誌、本などを読む楽しみもなかった。アルバイトをしようと試みたこともあったがうまく行かず、自分が今の日本社会で生きていく自信を持つことも出来なかった。NGOの紹介で小さな内職は行っていたようだが、それでは北朝鮮の家族が求める金額には程遠かった。北朝鮮で親族が逮捕され、釈放するためにどうしてもお金がいると私に個人的に頼みに来たこともある。しかし、お金の貸し借りはやはり人間関係を気まずくする。しだいに私も、彼女から距離を取るようになったことをここで正直に告白しておく。
そのうちに、彼女自身、北朝鮮に帰りたい、家族に会いたい、日本にいても孤独なばかりだと、他の脱北者の前で口にするようになる。その結果、日本に定着しようと前向きに努力している脱北者達は自然と彼女を疎んじるようになった。兄との関係もやがて対立、絶縁状態になっていた。
実は石川さんは姉も脱北して日本にたどり着いたのだが、そのことも、日本社会での安定に繋がるより、かえって北朝鮮に残った家族のことを話し合う中で益々精神状態は悪い方に向かって行った。かつ、日本社会は石川さんたちが生まれ育った50年前とは異なり、よかれ悪しかれ核家族化の中、隣近所の付き合いや地域の共同体は失われている。石川さんには、アパート暮らしで、隣近所のつきあいも無い日々がひどく冷淡な社会と感じさせた。この国はすっかり変わってしまった、自分の好きな日本ではなくなった、という彼女の言葉の中には、北朝鮮の宣伝を越えて、彼女なりの本音がにじみ出ている。
そして今年の春決定的だったのは、息子の一人が亡くなったという連絡が石川さんに来たことだった(実際に死亡したのはもっと前だったようだが)。彼女はそれ以降、もう北朝鮮に行くことしか考えられなくなったのではないかと、最後まで支援した方が私に語ってくれた。息子たちからは、最近ひたすら、帰ってきてくれという電話が相次いでいたようだが、そこに来て一人の息子が死んだことは、石川さんを、もう親子が一生、生き別れのまま終わるという追い詰められた思いに駆り立てられたのだろう。
石川さんに限らず、日本に入国した脱北者に共通する最大の不安と苦悩は、北朝鮮に残る家族の生活であり、その安全である。慣れない環境で働いて得たわずかな収入のなかから、あるいは生活保護費を節約してためたお金を、”命の水“として北朝鮮の家族にとどけようとしている。日本に脱北した自分のせいで北朝鮮に残る家族が監視され、時には拘束され、送金したお金もそのまま家族の手元に届くことはない。北朝鮮当局の欺瞞性と恐ろしさ、邪悪さ、卑劣さを知り尽くしているのは脱北者自身である。
だからこそ、金正日への忠誠を表明し、北朝鮮当局の意図を体現することで、子供たちの安全を守ろうとする悲劇的な行動が生まれてしまうのだ。
しかし、この問題の本質は、北朝鮮政府が国内で弾圧政治を繰り広げ、また脱北者に対してもその家族や子供を人質に、精神を追いつめるような宣伝工作を行っていることである。幸い、多くの脱北者は日本での定着に懸命の努力をしている。彼らに対し、職業訓練、日本語教育などの支援をもう少し政府や公的機関が行い、精神的に追いつめられたときに彼らが相談できるようなケア施設や相談窓口があれば、このような事態は避けられるはずだ。脱北者保護はたんなるヒューマニズムではなく、北朝鮮政府と戦う戦略の一環だという意識を、日本政府には是非持っていただきたい。
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三浦小太郎氏を「ひとさらい」呼ばわりする朝鮮総連
かるめぎ編集部
朝鮮総連の発行する新聞、「朝鮮新報」7月21日付に、次のような記事が掲載された。
「平壌滞在中、『親せきが日本で待っている』、さらには『非常に会いたがっている』などの甘言に騙されて豆満江を渡り、中国・瀋陽を経て日本へ行き、再び祖国に戻った都秋枝さんの記者会見の模様(録画)をテレビで見た。記者会見は12日、平壌高麗ホテルで行われ本紙記者も参加した。」
「記者会見で都さんは、平安南道北倉郡で暮らしていたが、『生活上の援助を与える』という複数の人間の口車に乗せられて日本に連れて行かれ、3年7カ月間を過ごしたと語った。瀋陽の日本総領事館総領事が関与した事実、そして日本に来てみれば、待っていたのは親せきではなく、帰国同胞らを日本に連れて来ることを生業とする『三浦小太郎』という人物だったと赤裸々に語った。」
「この人物、朝・日平壌宣言の破棄や、破防法を適用して総連を解散させろなど、反朝鮮、反総連活動の先頭に立つ一人。都さんの証言からすると、日本外務省とこの男が一体だったことは明らかだ。」
「こうした複数の『人さらい集団』が、連携を取り合い不法活動をしながらも何らの取り締りを受けることなく、逆に堂々とうごめいているのが安倍政権下の日本の現状だ。同じような思考の持ち主だけに、活動の余地がさらに生じただけのことなのだろうが、それにしても尋常ではない。」
「都さん以外にも、同じような経緯を経て日本に連れて来られた人たちはいるはずだ。日本は外務省ぐるみで関与していたのか、官邸からの指示はあったのか、日本政府からの活動資金援助はあるのか等など、明らかにされるべき問題は多い。(彦)」
北朝鮮当局の指示で日本人拉致にも深く関与してきた朝鮮総連が守る会代表を名指しで「ひとさらい」呼ばわりするとは盗人たけだけしい。
日本国籍を持つ帰国者を金正日軍事独裁政権のくびきから救い出すことは日本国民の当然の崇高な行動である。
石川さんが北朝鮮に戻ったかげには、金正日軍事独裁政権とその日本における出先機関の朝鮮総連の暗躍なしにはありえない。かりに石川さんが自由意志で北に帰ったというなら北朝鮮は同じように在日朝鮮人帰国者と日本人妻を自由に日本に帰してみよ。おそらく数十万人が日本にもどってくるだろう。それを恐れるために40年余りも拘禁し、命がけで脱出した者を執拗に追跡し北に連れ戻そうとしているではないか。
「朝鮮新報」は三浦氏を「反朝鮮」活動家と呼ぶが、三浦氏の目的は、自分は「金正日軍事独裁政権打倒」にあるという。今後はかならず「金正日独裁政権打倒などの反朝鮮活動」という言葉を忘れずにしてもらいたいといっている。この様な単語は絶対に「朝鮮新報」に載ってはならないことを示している。これこそ北朝鮮の言論の自由のなさを示すものだ。
石川さんは北朝鮮の手でまたも連れ戻されたが、三浦氏はこういっている。
「金正日政府にはっきり言っておく、彼女とその家族の安全と生活は保障せよ。そして、石川さんが自由に北朝鮮に帰れる権利があるように、今、年老いて望郷の念にかられているだろう全ての日本人妻、帰国者に出国と日本往来の自由を認めよ。全ての北朝鮮民衆に、自由に出国し、また外国で生活するという当然の権利(居住地選択の自由)を認めよ。それなくして『反朝鮮活動』が終わることは決してないことを、私はここに宣言しておく」
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台風が来るというのに
『未来韓国』発行責任者 金 尚 哲 氏
韓国野党ハンナラ党はこれまで北べったりの盧武鉉政権をきびしく非難してきました。ところが7月4日、いわゆる「平和ビジョン」なる文書を発表して、対北追随の立場を明らかにしました。それに反論したものが金尚哲氏の文です。
週刊紙「未来韓国」の7月14日)号に掲載。同氏は昨年2月、守る会の招請で来日。
ハンナラ党と李明博、朴槿恵二人の大統領選走者達は今、国民の65%の支持を受けている。失った10年を取り戻すための期待を一身に背負っているといっても過言ではない。
しかし、ハンナラ党は今、一本の樹、一つの幹ではなく、2つの枝に分かれている。この2つの陣営は競争的というより敵対的だ。互いに刑事告訴し、結局は検察に道徳性検証の判定権を与えるまでに至った。
樹木は幹が裂かれて2つの枝になってしまった。ここに、台風の季節が迫ってくる。この台風というのは、まず、過去10年間、本来のずる賢い詐術に、権力と金力で武装した左派勢力の執拗な反撃だ。そして、韓国の政権と社会各分野を思うままに操ってきた金正日集団の、南朝鮮政権を絶対に渡すことは出来ないという必死の陰謀と策動だ。
土壌は干乾び情勢は険悪だ。なのにハンナラ党という樹木は、幹を補強復元しようとする努力はおろか、己の根元、すなわち保守政党としての本分までも捨てようとした様子だ。
いわゆる朝鮮半島平和ビジョンという名の降伏文書がそれを物語っている。
<平和ビジョン>文書は、美辞麗句と、混乱極まりない諸前提を数多く羅列しているが、要するに金大中、盧武鉉政府の親北路線と称される太陽政策を、これからもしっかり受け継いでいくということを表明しているだけで、北の核をどうやって廃棄し、暴政の奴隷となった同族をどのようにして解放させるという具体的方法や意志はまったく感じ取れない。
また、ハンナラ党は、政権末期の、南北頂上会談は反対だというこれまでの立場を捨てて、「非核化平和定着のためなら」(名目がそうであるなら)南北頂上会談を受け入れ、北が核を廃棄する前にでも金剛山観光や開城工団事業を通じた現金支援は問題視しない、そして北が核を廃棄したかどうかに関係なく、食糧15万トン支援、経済代表部の設置、南北FTA推進を進めるというのだ。
北朝鮮の改革開放を誘導するという趣旨の下に、過去十年間に亘った対北支援がもたらしたものは、北朝鮮の暴政強化とミサイル開発、そして核武装だけだ。北朝鮮を変化させるには、一方的支援では不可能だというのが歴史的教訓だ。北の政治体制と対南戦略に変化が無い限り、北朝鮮がハンナラ党の新しい対北政策に応じてくる可能性は無い。
ハンナラ党の新対北政策が、飼いウサギ(保守層)放っておいて野ウサギ(進歩と若者層)捕獲に乗り出す内容なのか、それともアメリカの対北政策が、核廃棄を放棄した米北修交に旋回したと誤った判断をするの余り、「バスに乗り遅れたら大変」だという不安に捉われたのかは知らないが、これでは野ウサギも捕れず、飼いウサギも逃がす結果になるだろう。
現実を直視するという口実の下、日和見主義的な態度を取ることによって、自由民主的基本秩序の原則を無視して、金正日暴政を正当化し、国連など、国際社会の対北朝鮮制裁決議の無効化を招く結果にもなりかねない。それは愛国保守勢力から排斥され、アメリカや日本など自由友邦からは不信を、国際社会からは冷笑を受けることになるだろう。
しかしながら、我が国が将来やり遂げなければならない新しい大きな使命があるとしたら、神様は決して韓国を見捨てはしないだろう。密かに、また一つの樹木を育てているはずだ。台風と雷と稲光が過ぎ去った後に、晴れの日を準備していることだろう。そのときには新しい樹木は大きく成長しているだろう。たくさんの実が結ばれ、いろいろな鳥の群れが巣くう巨木に……。
(かるめぎ編集部抄訳)
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ハナの想い 現実に翻弄される脱北者たち
毎日新聞の記事(2007年7月15日地域ニュース)
守る会が支援している二十四歳の女性脱北者の手記が毎日新聞大阪本社版に好評連載中。日本語を知らなかった彼女が二年たらずで高卒認定(旧大検)の国語、生物、地学に合格。働きながら大学受験をめざすけなげな生き方が感動をよぶ。
(かるめぎ編集部)
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ソウルの路地裏
清渓川、ふたたび清流が
守る会ソウル通信員 依藤朝子
ソウルの中心部、漢江の北側には清渓川という小川が流れています。清渓川はソウルで暮らしてきた多くの人々の汗と夢をとりこんで流れ続けてきました。町の発展に伴って川は塞がれて、上をバイパスが走っていましたが、2005年10月に高架道路が解体されて、澄んだ小川が再び姿を現しました。
清渓川はソウル市庁舍前の広場からはじまって、地下鉄1号線に沿うように東に向って流れています。
萩原遼先生の『ソウルと平壌』(文春文庫)には、桑原史成氏が撮影した、清渓川の岸辺に建てられた古い木造家屋の写真が掲載されています。トタン屋根に石をのせて固定した、貧しそうな家の写真です。数キロにわたって流れる川の両岸は現在、タイルなどで奇麗に舗装され、彫刻や花壇で飾られています。壁はソウル市民が描いた絵が貼られていたり、滝のように水が流れていたりして、ギャラリーのようです。都会の喧騒や、煤塵が漂う空気を浄化してくれるかのようです。時代とともに清渓川もその姿を大きく変えてきました。
一方で、清渓川の川岸には、昔懐かしい雰囲気が漂う市場も広がっています。地下鉄1号線の新設洞駅に近いファンハク洞にも、昔の面影が残る市場があります。清渓川に沿って古着や骨董品、古本、中古の電気製品のお店が続いています。市場の前には、撤去された高架道路を支えていた柱がオブジェとして残されていました。
米軍基地から流れてきたような軍靴やシャツ、飯ごうなどがずらりと並んでいるかと思えば、日本の少年漫画の雑誌や昔の文庫本が積まれていたりします。中古の電気製品店の前では、冷蔵庫やエアコンを修理する機械から火花が散っていました。狭い路地裏で、移動式の荷台でインスタントコーヒーを販売しているのを見つけて、萩原先生の本に登場したコーヒーを売る人の場面が思い出されて、一杯注文しました。紙コップにインスタントコーヒーの粉とクリープを入れて、ポットのお湯を注いでくれました。
市場には牛の腸や内蔵を炒めるコプチャン料理の屋台もずらりと並んでいます。コプチャンは熱いうちに食べると香ばしくておいしいです。路地の奥には、アメリカ製の青いポストや真鍮のフライパン、タイプライターが展示されて、「古き良きアメリカ」を彷彿とさせる骨董品屋や、木製の洋服タンスや食卓、脱穀機が所狭しと積まれた、韓国の昔の家具を売る店がありました。
博物館に来たようでしたが、鑑識眼がすぐれていれば、かなり貴重な品物を手に入れることもできるそうです。ここの市場は趣のある場所ですが、大手建設会社の高級マンションが建設されていて、市場の多くの部分が撤去されたそうです。休む間もなく移り変わる時代を象徴するかのような光景が、ファンハク洞には広がっています。
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米朝なれあいと
9条改憲
守る会名誉代表 萩原 遼
私はいま7月3日から大阪に来ています。武田美通さんという私と同年代の鉄の造形作家の連作「戦死者たちからのメッセージ」という作品展(8月9日から16日まで大阪グリーン会館で)の事務方を引き受けています。
鉄の造形作品といってもぴんとこないかもしれませんが、平たく言えば、一枚の鉄板で作られた芸術作品というのでしょうか。日経新聞記者を三十六年つとめ、定年後無料の職業訓練所に通い、鉄板を焼き、曲げ、打ち、アセチレンガスで切ることによって骸骨の皇軍兵士に仕立て、祖国日本での憲法改悪の動きに怒りをこめて立ち上がる姿を造形したのです。
はじめて私がその作品を目にしたとき、グロテスクな骸骨に思わずたじろぎました。武田美通さんは、憲法九条を改悪して日本が戦争のできる国になるならば、もっとも悲しみ怒るのは戦死者たちである、平和な日本が作られるならわれわれの死もむだではなかったと眠りにつくはずの戦死者たちが怒りをこめて立ち上がらざるをえない状況にある、と主張されます。私も反戦平和、九条改憲反対のために何かしなければならない、という気持ちから武田さんの作品展にとりくんだのです。
その動機は、アメリカと北朝鮮の結託です。アメリカは核を持った北朝鮮を容認し、金正日軍事独裁政権を支える方針に変わったためです。アメリカのかねてからの狙いは、憲法九条を改悪して日本を戦争のできる国に、アメリカの手足として海外派兵のできる国にすることです。そのために北朝鮮の挑発や冒険主義を利用してきました。表向きは北朝鮮に対決のポーズをとりながら裏ではなれあっていたのです。いわば警官と泥棒はぐるであったということです。
金融制裁を解除し瀕死の北朝鮮を生き返らせたのが、ことし2月13日の六カ国協議でした。公然と北朝鮮と手を結ぶ姿を世界に見せつけました。そうである以上私も九条改憲と米朝結託に反対の立場で働きます。
後年の歴史家は、あのときの米朝結託が日本の曲がり角であったと判断を下すかもしれません。そのなかに生きている私が、いったいその時なにをしたかが自分自身に問われるという思いがしています。
三年前に武田美通さんの作品にふれたとき、こんな思いを持って日本の今を憂えている人がおられるのだと感動したことが最初の契機でした。九条改憲反対、反戦平和は私の信条でした。しかし何もしませんでした。北朝鮮問題の専門家として金正日の独裁を倒し、在日朝鮮人帰国者や日本人妻を救いたい、北朝鮮の人民が非人道的な人権抑圧から解放されるよう働くことが先決だと思っていました。そのためには、悪魔とも手を組む思いで、アメリカに期待を寄せもしました。アメリカが金正日軍事独裁政権の応援団になって、改憲をけしかけてくる以上黙っているわけにはいきません。
大阪に来て、たまたま小森陽一「九条の会」事務局長(東大教授)という人の大阪での講演録を読みました。驚きました。韓国は北との朝鮮戦争を終わらせた。中国、ロシアの間に入って調整している。アメリカは北朝鮮と朝鮮戦争を終わらせる方向に動いている。朝鮮戦争休戦協定が平和協定に変わるとアメリカは日本に軍隊を駐留させる理由を失う。そうなる前に憲法九条を撤廃したいとブッシュは安倍に強い圧力を加えているのだ……。
詭弁の見本のような論です。このような誤った論を正すためにも私は働かねばならないと思いました。小森氏に徹底的に反論したいですが、紙面の都合で別の機会に譲ります。
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韓国にいる息子、金明俊と一緒に暮らせるようお願いします
脱北帰国者 榊原 洋子さんと金明俊君
北朝鮮での生活に希望を失っていた息子(金明俊 1978年5月11日生)は、どうしても人間らしく生きていきたいと切実に願い、2003年3月1日に朝鮮を脱出して、咸鏡北道の茂山から中国に渡りました。そしてその年の6月に韓国入りすることが出来ました。
息子はハナ院(韓国政府の作った脱北者の教育訓練施設)で、3ヶ月の社会進出修得過程を終えました。そして中国にいるとき、すでに話を付けて置いた中国朝鮮族の人に、政府からもらった定着金を渡して2003年9月、私達家族(母と妹)の脱出を依頼しました。
2003年の10月に私たちはその人と連絡が取れて、11月22日に私が、12月12日に娘が国境の川・豆満江を渡りました。
その後、山田先生と連絡が取れるまでの約4か月の間、私と娘は息子の仕送りで中国朝鮮族の家に匿ってもらいました。
息子の話によると、中国で隠れて暮らしていた私と娘に、韓国に行くことを勧めた人たちもいたそうです。しかし息子は、「母は日本人だから、故郷の日本に帰らせたい」と強く頼んだそうです。
私達がこうやって日本で暮らすことが出来た背景には息子の小さな力もこもっていると思います。
北を脱出して韓国に入り、韓国籍を取った息子は、日本国籍を取るのがとても難しいそうです。2003年当時は、脱北帰国者を日本に受け入れるのは極めて稀だったため、やむを得ず息子は韓国に入って保護されたのです。
私達は今、別々に離れて暮らしています。どうにかして一緒に暮らしたいです。家族思いの息子は、いまだに韓国での生活に馴染めず、独りで悩んでいます。
どうか力になってください。
榊原 洋子
息子金明俊君の話
私は北朝鮮では生きられないと決意して、国を脱出して韓国に来ました。韓国ではやらない仕事はないほど、どんな仕事でもやりました。しかし北朝鮮の人間に対する差別がとてもきつく、「北の出身である」ことすら言えないのです。
挫折感に捉われ落ち込んだとき、母や妹と一緒に暮らしているならどんなに励まされるでしょう。
勿論、日本も厳しい現実であることは知っていますが、家族と一緒なら困難を克服していけると思います。
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9月証言集会の
お知らせ
1、北朝鮮国内での総合的な女性の 人権侵害の実態
証言者 李エラン(脱北女性、梨花女子大学博士課程)
北朝鮮政府は公的には男女の平等を唱えていますが、実際は、女性は性的暴力、差別、飢餓から逃れる為の売春など、あらゆる人権侵害にさらされています。李エラン氏はかってワルシャワで行われた国際会議でその実態を証言しましたが、今回、さらに具体的かつ総合的に証言し、人権改善の必要性を訴えます。女性の人権問題が注目され語られる現代、隣国で余りにも残酷な女性差別が繰り広げられている現実を訴える証言にぜひ耳を傾けてください。
2、北朝鮮帰国者の悲劇と、中国における女性の人権侵害
証言者 千葉優美子こと高政美(脱北女性 大阪在住)
1959年から始まった北朝鮮帰国事業は、朝鮮総連による巨大な誘拐拉致と言うべきものでした。証言者の千葉さんは3歳の時に父母兄弟と共に帰国、兄は北朝鮮到着直後、日本に帰りたいと訴えたため精神病院(事実上の収容所)に送られ、そのまま退院することなく世を去ります。父もまた無実の罪で拷問を受け、2000年脱北した千葉さん自身も中国で、そして強制送還された北朝鮮で苛酷な運命にさらされました。帰国事業の真実と、現在脱北女性置かれた苛酷な情況を訴えます。
日時・場所:
9月15日(土)大阪経済大学会議室
9月16日(日)食糧会館大会議室
(地下鉄有楽町線麹町駅1番出口下車5分)
※ 共に 午後1時開場 1時半開会
参 加 費:1000円
連 絡 先:大阪 山田 文明
TEL・FAX 0729-90-2887
東京 三浦小太郎
FAX 03−3681−9310
E−mail miurakotarou@hotmail.com
編集メモ
●かるめぎ76号を出した5月から3ヶ月の間に、石川一二三さんの北朝鮮再連行や「北朝鮮人権法」の改正、韓国ハンナラ党の金正日すりよりなど守る会の運動にかかわる大きな動きがありました。それらに対応した紙面になったと自負しています。引きつづき情勢にかみ合った内容につとめます。(萩原遼)
●今回はしんどかった。萩原さんと三日間、関西事務所に泊まりこんで半徹夜の作業となった。次はもっと落ち着いた編集、印刷をやりたいです。(窪田和夫)
●次号発行予定、11月上旬です。
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『北朝鮮へのエクソダス』は疑問の本
テッサ・モーリススズキ著(朝日新聞社)
東海支部 梅村 雅英
在日朝鮮人の大量帰国は日赤の陰謀との仮説
二〇〇四年、赤十字国際委員会の一九五一年から六五年までの一般公文書が機密指定解除され、その資料をもとに北朝鮮帰国事業に迫ったのがこの本である。
読み始めるやあっという間に引き込まれてしまった。驚愕の新事実! 優れた推理小説を読んでいるような錯覚に陥る。前提条件を認めるや、反論はほとんど許さないほどのがっちりとした大量の資料による論証。議論の余地はないように思える。
テッサ・モーリスースズキの問題設定はこうだ。一九五五年十二月に千四百二十四名の北朝鮮帰国希望者が最終的に九万三千余名の帰国者を生み出してしまったのは何故か。一九五六年三月二十六日付の日赤から国際赤十字宛書簡に「年内に少なくとも6万人の朝鮮人を帰国させることが不可欠」と記されていたことを基にモーリススズキは、日本政府、官僚、日本赤十字社(井上益太郎外事部長)のたくらみが大きく作用していたのではないか、との仮説を構築し、論証を始める。
評者は、圧倒的な量の新資料に呆然としてしまった。だが、そうとばかり言っていられない。まず、前提条件を検討してみよう。
かたよった引用で肝心の部分を見ない
テッサ・モーリススズキは、一九五六年二月十四日に衆議院外務委員会でおこなわれた朝鮮総連代表の李起洙参考人の意見を引用する。彼は、一九五五年十二月現在で合計千四百二十四名の北朝鮮帰国希望者が「おるのであります」と発言している(116ページ)。「おる」といっているだけで、それだけしかいないという意味ではなさそうである。在日朝鮮人全体の調査をした上での発言ではなく、一九五五年十二月に千四百二十四名の北朝鮮帰国希望者がいる、と聞いているということらしい。
当時在日朝鮮人のうちほとんど(97%)が三十八度線以南の出身者だったことはよく知られている。しかし、以北出身者が全体の三%とはいえ一万八千人もいたのである。これらの人々は全部とはいえなくても、事情が好転すれば、帰国したいと思わなかったであろうか。一万八千人の七割でも一万二千六百人である。千四百二十四名とはいくらなんでも少なすぎる数字ではないか。
そう思って国会の議事録に当たってみた。驚くことに同日の李起洙参考人の発言はまだ他にもあった。少し長いが、引用する。
総連の幹部は大量帰国を考えていた!
「それから第二点の帰国の問題について、要するにあと残る数が非常に多い、こういう問題について非常に心配されておるような面があるのでありますが、最近厚生省の発表によりますと、十三万近くの人が生活保護を受けておる、こういうような事実がいわれておるのであります。これにつきましては、われわれ将来においては朝鮮民主主義人民共和国に、生活困窮者に対しましてはできるだけ帰して、日本においては生活の安着できる者のみおらるる様な状態になるのじゃないか、ということになると思うのであります、というのは、共和国の方でも、南日声明が十二月二十九に発表されましたように、生活困窮者に対しましては、いつでも引き取るだけの用意がある。現在その数字は約千五、六百人くらいな程度に出ておりますが、事実上には、もっとたくさん希望者がおるのであります。しかしながら数字的におきましては、現存の状態から見ると、なかなか帰る面が、非常に差し迫ってこの問題の解決が出来ないのじゃないかというような懸念から、これがほんとうに帰れる状態になり得れば、もっと希望者が多くなるのじゃないか、このように考えるのであります。」
著者の主張をくつがえす証言
見られるとおりテッサ・モーリススズキは、李起洙参考人の陳述のごく一部、しかも自分の主張に都合のよい部分しか引用していない。
李起洙の発言全体こそ、驚くべき資料ではないか。要約すると、
一、日本政府、日赤の皆さんが、日本に大量の在日朝鮮人が居残り、そのうち十三万人近くが生活保護を受けているので負担になると心配しておられるようですが、心配御無用。生活困窮者(十三万人)はできるだけ北朝鮮に送り返しますから。
二、現在帰国希望者は千四百二十四名と出ているが、実際は、もっとたくさん希望者がいる。[現在は帰国費用、帰国後の当座の生活費などの問題が解決できないので帰国したいという声を上げることができないが]本当に帰れる状態になれば、もっと希望者が多くなると思う。
誤った前提で虚偽の結論が
これを見るとテッサ・モーリスースズキのいう前提条件は全く崩れ去り、見事な論証も崩壊に終わった感がある。テッサ・モーリスースズキの議論は李起洙参考人の発言の一部のみを根拠とする不正確な前提をもとづいた誤った論証であり、前提が誤ればその結論も誤りとなり、全く問題にならない。
しかし、一九五六年二月十四日の時点で、すでに総連中央幹部の間で生活困窮者を十万単位で北朝鮮へ送ろうという発想があったとは驚きである。今まで誰も指摘しなかったのではないだろうか。
一九五〇年代に在日朝鮮人の大量帰国を主張した朝鮮総連幹部は他にもいた。
一九五七年七月八日にも関貴星(後に総連中央本部財政委員)が、平壌ホテルでの北朝鮮各界有志との懇談会で集団帰国を提案している。そこでの帰国希望者の数字を「岡山県だけでも数千名、全国では十数万名に上るという」といっている(『楽園の夢破れて』110頁)。
帰国事業は五八年八月に火をつければ燎原の火のように燃え上がる状況にあったようだ。
発行:北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会
年会費:5,000円 郵便振替口座 00920-5-139932(年会費・寄付金はこの口座に一本化しました)
脱北者教育支援口座 口座名「脱北者あしなが基金」 口座番号「00900-7-315884」
代表 三浦小太郎 〒136-0072 東京都江東区大島7-6-6
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頒価200円
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私のおすすめ本
講談社現代新書
川人 博 著
『金正日と日本の知識人』
関西支部支部長 窪田 和夫
わが守る会の依藤朝子さんもネット上(デーリーNK)にこの本の書評を掲載されておられるので、全体的な書評についてはそれを読んでいただくとして、私は特に第5章「アジアの人権と平和を求めて、戦後平和主義の陥穿」(同書177ページ)の部分について感想を述べます。
川人氏は「過労死」、「過労自殺」問題での草分け的存在で、いわゆる「左翼人権弁護士」として世界的にも有名な方です。
その川人氏が、「北朝鮮問題に取り組む中で、拉致とは、戦後平和主義の脆弱さを突いたものであると認識するようになり、拉致問題を通じて戦後平和主義の陥穿(かんせい、評者注:落とし穴)を見るようになった」と述べられいることは大変重要な指摘です。
金日成の言葉「日本は36年の植民地支配と略奪の罪の意識からわが国に強く出られない。日本で工作活動が発覚しても軽い罪にしか問われない」や、ジャーナリストの橋田伸介氏が、生前「北朝鮮が日本人を拉致したのは…日本だったら反撃はないと判断したから」という例などを挙げ、平和憲法のぜい弱性を強調しています。
また、左翼は「九条の平和主義は他国の侵略を阻止する力にもなる」と主張し行動してきたが、北朝鮮はその間にも「拉致という侵略を続けてきた」と指摘し、他国の国民を平時に100人以上と言われる大量拉致する行為は、これはもう「侵略」といっても間違いはないでしょう。
川人氏は、そのことを「九条は、拉致という攻撃によって、挑戦を受けた。一貫して、九条は独裁国家によって利用されてきたのである」、「北朝鮮独裁体制は、人の善意を利用する謀略国家であり、憲法第九条の理想とその危うさを過不足なく把握しなければならない」と言われています。
一方、川人氏は、日本の「平和思想は、とても大切なもの」で、改憲を主張する人々に対して「九条を変えたときの危うさ、アメリカとの軍事同盟強化・集団的自衛権容認により、ベトナム戦争やイラク戦争のような理不尽な戦争に、日本が軍事的に参戦する危険性について、解釈をあいまいにして、九条改憲を行うことは詐術」であり、「拉致問題でアメリカの協力が必要であることを口実として、中近東などにおけるアメリカの理不尽な戦争に加わることには、断じて反対する」とも主張しています。
九条護憲を主張する人々が、拉致被害者の救出活動に参加しないことに強い異議を唱え、「本来、平和主義者こそ、外部からの攻撃に対して、先頭に立って身を挺して闘うのが筋ではないのだろうか」と強調しています。また、どう戦っていくのか、という点についてもいろんな例をあげ、平和的解決のための提案も多くされています。
私たち守る会の活動や、拉致問題解決の活動は左翼知識人だけの問題ではなく、日本の平和と人権を守る戦いでもあるのだということを痛感しました。
これらの問題を素通りして改憲勢力と渡りあえるのだろうか、ということを真剣に考えなければならないのでしょう。私たちは新たな平和主義の理論を再構築していく必要があるのではないでしょうか。