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           記  録

下記の証言は 2002年4月17日  
 米国議会人権問題幹部会で講演されたものです
北朝鮮における人権の状況
(人権についての米国議会幹部会の要約)
スザンヌ・ショルテ
防衛フォーラム財団会長
米国北朝鮮における人権委員会幹事
 世界でほとんどその人権侵害について報告
がなされていない国家、北朝鮮についてこの
公聴会を開催して下さった、上院議員のマー
ク・カーク氏及び人権に関する議会幹部会に
深く感謝します。
 私たち、防衛フォーラム財団が、北韓人権
市民連合(ソウル)、北朝鮮帰国者の生命と
人権を守る会(日本)、亡命者たちによって
開催された国際会議を含む私たち防衛フォー
ラム財団が長期に渡って蓄積した報告書の写
しをお渡しします。
 この数年来、私たちは沢山の北朝鮮の悲惨
な状況についての噂を耳にしてきましたが、
これらの情報を確認することは、長年に渡る
鎖国体制をとり実際の調査が難しい北朝鮮に
対しては不可能でした。しかし、三つの事実
がこの状況を覆し、私たちが疑っていた悲惨
な実状を確認可能にしたのです。
その三つの事実とは
 1)北朝鮮の軍隊の高級幹部及び文民の指導
者たちによる亡命
 2)飢饉のために脱出した難民たち。そして
 3)北朝鮮国内の中で活動をし、そして亡命
者や難民たちをたすける人道主義的団体と職
員たちの努力です。

 北朝鮮の人権と言う表現は、それ自体矛盾
しています。
 北朝鮮には人権そのものが無いのです。北
朝鮮とは、近代史上において最も抑圧された
完璧な全体主義国家です。R・J・ランメル
教授は、その著書"政府による死"において
北朝鮮をこう説明しています"この現代にお
いて、どの国も北朝鮮の様に党及びその指導
者によって完璧に支配されている国はどこに
も無い。"
 彼は北朝鮮金日成体制は160万人の殺害の責
任があると見積もっています。この数字は
1987年迄の数を基にしています。アクトン卿
の有名な言葉で言い換えれば、金日成の理論
は主張する「権力は殺す、絶対的権力は絶対
的に殺す」と。
 それ以後の飢饉と政治犯収容所おける殺人
で少なくとも他の200万人の死をもって北朝鮮
はその理論を要約しています。
 北朝鮮と言う国は、その政府によって日毎
に国民が殺されると言う経験をしているので
す。北朝鮮の地に生まれるほどの不幸はない
のかもしれません。控えめな見積りによって
も、北朝鮮では一日42名が政治犯収容所で、
391名もの国民が政府の政策による飢饉からく
る飢えで死んで行くのです。

 北朝鮮で一年半過ごしたドイツ人の医者の
ノルベルト・フォラツェン医師は、北朝鮮を
国民の大半を収容する巨大な刑務所だと指摘
しています。彼は二つの社会を見ています。
 一つは自由社会からの人道的支援を手に入
れられる軍の高級幹部と政治エリートたちの
住む世界、もう一方は残された国民の生き地
獄です。
 人道主義的支援物資を国内参入させつつ全
国民の生命を管理すること、同時に外の世界
の思想や情報が自由に入ることを拒否するこ
とが北朝鮮が体制を維持している管理方法で
す。
 別の方法は金日成によって1950年代に設立
された政治犯収容所に反革命分子を収容する
方法です。反革命分子たちの例を挙げると、
地主、商人たち及び彼等の家族、宗教者とそ
の家族、帰還した戦争捕虜たちや韓国に関係
している者たちです。

 1972年迄、二十万人の北朝鮮人を収容する
ため、少なくとも12の個別の収容所が設立さ
れたことは明らかです。この時から、これら
の収容所で40万人の人々が死んだと見積もら
れていますが、幾つかの団体は多ければ100万
人の人々が命を落としたと信じています。
 私はこれらの犠牲者のうち何人かを直接紹介
したく思いますので、ここに政治犯収容所か
らの生還者で、現在自由な社会に住居する三
名について説明したいと思います。
 姜哲煥の家族は、そこで大変な成功を収め
た実業家である祖父共々、かつて日本に住ん
でいました。社会主義に忠誠を誓った祖母は
北朝鮮を偉大な社会主義の楽園に作り上げよ
うと、金日成が全ての当時の在日北朝鮮人た
ちに呼びかけた時、家族に北朝鮮に帰るべき
だと説得したのです。彼等が取り返しのつか
ない間違いをおかしたことに気づく迄そう長
くはかかりませんでした。
 けれど、もうそこを出る機会は無かったの
です。スパイ容疑に問われた、姜哲煥の祖父
のその後の運命は誰も知ることがありませ
ん。私たちが知っていることは彼が9才の
時、姜哲煥と彼の家族が一斉検挙にあい、耀
徳政治犯収容所に連行されたことです。その
後10年に及んで、姜はひどく惨めな生活を送
りました。強制労働に耐え、飢餓に近い状況
に追いやられ、ひどい公開処刑を目撃し、そ
して、囚人は暴虐非道な仕打ちを受けている
のでした。
 1992年の彼の韓国への亡命の後、姜はピェ
ール・リグロと共著で、彼の10年に及ぶ家族
との収容所生活を著わした『平壌の金魚鉢』
と言う本を出版したのです。姜によると、政
治犯収容所は、強制労働を囚人が倒れるまで
強いて、死に到るまで従事させる様に設計さ
れているのです。私はこの本をこの聴聞会に
提出します。
 李順玉は労働党に献身した政府の管理職で
した。しかし、彼女は国家保衛部の役人か
ら、彼の所属する政府機関が許可されている
以上のスーツ用の生地を要求され、それを断
ったために政府公金横領の容疑で不正逮捕さ
れたのです。その後、彼女は自分が犯してい
ない罪状で不正逮捕されたことを認めなかっ
たため、一年半に及ぶひどい拷問を受け、そ
れに耐えたのです。
 彼女が不正逮捕について嘘の供述さえしな
ければ夫と息子は収容所送りにならない、自
白しないことによって夫と息子を守っている
と言う認識が、彼女を拷問に耐えさせたので
す。彼女の精神をずたずたに出来ないことで
苛立った保衛部は、もし彼女が自自をすれば
夫と息子は安全だと話したのです。それで彼
女は嘘の自白をし、政治犯収容所に送られま
した。
 そこで彼女は拷問、公開処刑、強制労働、
囚人たちを使った生化学武器の試験、妊娠し
て収容された女性たちへの妊娠中絶、そして
生まれてから収容された子供の嬰児殺しを目
撃したのです。
 彼女はその著書"尻尾の無い動物たち"(日
本語訳「北朝鮮・泣いている女たち」)で証
言しています。尻尾の無い動物たちとは、一
度でも収容されると人間として扱われなくな
るので、刑務官たちが囚人たちをそう呼ぶ言
葉だそうです。この本も私はこの会議の参加
者にお渡しします。

 李ヨンクックは11年間、名声のある地位に
就いていました。金正日の側近警護隊に所属
していたのです。任務を終え帰郷すると、彼
の親は飢えに苦しんでいたのです。北朝鮮で
の貧困生活は大変惨めなもので説明の仕様が
無いのです。
 彼は内密に韓国からの外国のラジオ放送を
聞き始め、中国に逃げる決心をしました。自
身を韓国大使館の官僚と名乗る男は中国で李
に、北朝鮮での生活をまとめた文章を書い
て、韓国のラジオを通して流すように言いま
した。「躊曙すること無く、私は彼等のこと
を専制的暴君と呼び、金日成と彼の息子の金
正日を手厳しく批判し、金正日の日課等、国
家の最も重要な秘密を暴き立て、彼の側近の
傍若窮まりない生活を暴き立てたのです。」
 その男は李を車に乗せ、李は韓国大使館に
つれて行ってくれと言ったのですが、何とそ
こは韓国大使館ではなく北朝鮮大使館でし
た。その日のうちに李は心身共に拷問を受け
た平壌へ送還され、耀徳政治犯収容所へ送ら
れたのです。
 李によると囚人たちは生きていようが死ん
でいようが構わず、どんな食物をも探しまく
りました。彼等はどの様な植物をも、蛇やネ
ズミや蛙の様な生き物を生け捕って生きたま
ま食べていたのです。皮肉なことに、収容所
の管理官たちに飼育されていたアヒルや鶏は
普通のトウモロコシを与えられていて、生き
延びるために囚人の幾人かは家畜の糞の中か
ら消化されていないトウモロコシの粒を拾っ
て食べていたのです。」飢饉のために何千人
もが難民になることによって、北朝鮮人たち
は更なる悲劇を経験しているのです。

 中国が国連難民高等弁務官に中朝国境沿い
地域へ行くことを許可しないため、難民の数
は内輪の見積りでは50,000人としていますが、
幾つかの非政府団体はその数を300,000人と報
告しています。
 どうして中国は、栄養失調で飢えに苦し
み、怯えている老若男女たちが、最後の絶望
的な望みを持って中国に逃げ込む難民たちを
このように扱っているのでしょうか? 中国は
難民たちの存在を届けたものには賞金を出
し、難民たちに食物や寝る場所を提供した中
国国民に厳しい罰則を与えているのです。中
国は亡命者たちが送還されたら、収容所に収
容され、拷問を受け死ぬ可能性があるのを熟
知しているのにも関わらず、又、国際法であ
る難民条約に署名したにも関わらず、中国は
亡命者たちを北朝鮮に送還しているのです。

 中国は彼等のことを経済移住者と呼んでい
ますが、グッドフレンドの李ソンヨはこう記
しています「彼等の中国逃避は富を為すもの
では無く、生存を賭けた最後の砦なのです。
彼等の最初の行動目的に関わらず、単に川を
越えただけで彼等は政治犯にされてしまうの
です。」

 難民についてグッドフレンドと北韓人権市
民連合が行なった地域調査によると50%以上の
北朝鮮人女性たちは人身売買によって、中国
の農家の嫁、売春宿の性的奴隷、性的に食い
物にされたり強制労働従事者として売られる
のです。22%の難民の子供たちは孤児たちで26%
の子供たちの両親は重病に苦しみ、38%の子供
たちは片親で彼等の面倒を見られないので
す。
 一例をあげれば、ジュン・チュンファは絶
望的に中国に行って身売りをするため、夫と
子供たちを置いて行かざるを得なかったので
す。彼女はこう語りました「未だに私は北朝
鮮人の女性たちが痩せ細り、食物を求めて彷
徨うことに疲れはてている幻想にとり愚かれ
ているのです。北朝鮮は母親たちが何も食べ
るものを持ち帰れずに、子供たちが涙にくれ
る国なのです。そして母親たちは彼女たちの
子供たちが飢えた目を見ること以外何も出来
ずその運命の悲嘆に暮れる国なのです。」

 別の難民のソン・ハイジュは朝鮮系中国人
の家に連れていかれました。彼女はその家族
の息子と結婚をしたのですが、それでも中国
警察当局に捕まりました。彼女の家族が100ド
ルの賄賂を払った後彼女は釈放されたのです
が、その10日後、彼女は中国によって再逮捕
されたのです。この時、中国警察は彼女を強
制収容所に入れられるとわかっているのに北
朝鮮に送還したのです。
 奇跡的に彼女は強制労働や貧弱な食物、そ
して蔓延した病気にも罹らず生き延びたので
す。釈放された後、彼女は今度捕まって北朝
鮮に送還されるなら自殺すると誓って危険を
冒して中国に行ったのでした。

 悲劇的に、この北朝鮮の体制は自国の国民
を被害者にしているだけではなく、他の国々
にも悪行を行なっているのです、特に韓国と
日本はその対象です。朝鮮戦争時代に何千人
もの韓国人を拉致しただけではなく、1980年
代迄、韓国人の漁師たち及び日本市民たちを
拉致していたのです。大勢の韓国人や日本人
たちは愛する家族の失踪に打ちのめされ、彼
等の運命を知ることすらできないと言う苦悩
に満ちた人生を送っているのです。
 私は又、北朝鮮の人権及び難民に関する国
際会議から選択した決議文と米国外務委員会
のジム・ドーラン氏による最近の記事を含
む、北朝鮮に関する提案書を配布します。

 北朝鮮国内での人権状況について声をあげ
ることは危険なことであることを私たちは亡
命者を通じて知っています。最近のキルスー
家とスペイン大使館を経由して亡命した25名
に加えて、別の亡命者李ミンボックは彼の属
する団体から解放されたことを証言したので
す。彼は「北朝鮮でさえ、国際的な人権運動
の浸透を不可能に出来ない」と証言している
のです。
 この議会人権幹部会は、人権運動の飛躍に
多大な影響を与えてくれました。北朝鮮国民
に出来る限りのことを皆様にして頂きたいと
要請します、そしてこの聴聞会を開催してく
れた団体機構に感謝申し上げます。
注1.
1945年から1948年にかけて800,000人の北朝鮮
人たちが韓国に逃げ、朝鮮戦争中、国連軍が
北朝鮮から撤退した時、北朝鮮人の大衆が大
移動をしました。赤十字は数百万の家族が北
と南に離散していると見積もっています。

注2,グッドフレンドは、1997年以来、中朝国境
で北朝鮮難民と共に活動しています。注3.朝
鮮戦争時に拉致された韓国人は驚くほど多種
多様です。国連司令部に所属する北朝鮮に拉
致された韓国人に提出するために韓国政府が
1952年に作成した報告書からの抜粋による
と、幾人かは最多で84,532名が拉致されたと言
われています。1956年に行方不明者の家族か
らの報告が登録された人数によると、更に少
なく7,034名となっています。この戦争時の拉
致被害者家族連絡会、6.25家族会によってウ
ェッブサイトが設立されており、この団体は
彼等の拉致された家族のメンバーについての
情報を探しています。
 連絡先は
whereabout@kowarabductees.org.
です。

注4.韓国の「拉北者連絡家族会」と日本の団体で
ある「北朝鮮に拉致された日本人を救出する
会」は拉致犠牲者の家族についての詳しい内
容を集積してきました。北朝鮮で収容されて
いる愛する家族の一員の死の一因になるので
はないかと、彼等は多年に渡り口を噤んでき
ました。しかし、政府の行動力のなさに苛立
った団体は現在公けにこの情報を流し救援活
動をはじめています。