書評『宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作』(高沢皓司著 新潮社) 

└ 2008-07-01 08:17

評者:三浦小太郎
本稿は、RENK機関誌「RENK」16号(98.11.22発売)に掲載したものです。それ以降、八尾恵証言、2002年小泉訪朝などの流れなどで既に内容的には古いものになっているかもしれませんが、あえて本書の古典的な意義を評価して発表時の文章にはほとんど手を加えていません。98年の時点での私の書評としてお読みください、三浦)


独裁を否定していたはずのよど号犯の退廃

「『よど号』亡命者」――1970年のハイジャックで北朝鮮に飛び立った9名の赤軍派。60年代末、新左翼運動の行き詰まりの中、運動の新たな展開を夢見て行動した彼らの終着点は、金日成体制と主体思想への全面的な「帰依」であり、日本人拉致事件を含む北朝鮮の国家犯罪への荷担であった。かつてはこの「よど号犯」の代弁者的役割を果たし、数年前から自己批判の後彼らの思想・行動を告発する側に身を投じた高沢皓司氏が、これまでの「よど号犯」批判の集大成としてまとめたのが本書である。こうしてよど号犯の全体像を読み直すとき、本書は、拉致事件の真相のみならず、かつての新左翼運動の本質的な弱点と、左翼政治運動が陥りがちな精神の退廃を教えてくれるものとして、大変興味深い資料となっている。
新左翼運動は、反帝国主義(資本主義)と同時に反スターリン主義(反共産党独裁)を全面に掲げていた。にもかかわらず、「ウルトラ・スターリン独裁主義」とも言うべき北朝鮮体制の賛美に行きついてしまったのは何故か?
赤軍派のハイジャックは、次のような目的と思想の下に実行されたはずだった。
「我々の大部分は、北朝鮮に行くことによって、それ自身を根拠地化するように最大限の努力を傾注すると同時に、現地で訓練を受け、優秀な軍人となって、いかなる困難があろうとも日本海を渡り帰日し、前段階武装蜂起の先頭にたつであろう。我々の大部分は、北朝鮮に断乎渡るのである。そして断乎として日本に帰ってくるのである。……いかに国境の壁が厚かろうとも」(19ページ、田宮高麿、出発宣言)
既存の社会主義国に渡り、そこを世界革命の根拠地にとする。この「国際根拠地論」は、当時の新左翼運動にしばしば見られた発想である。アメリカの極左派ウェザーマン派は、キューバに軍事訓練と根拠地を求めたし、ヨーロッパの新左翼も過剰なほど中国の文化大革命に傾倒した。しかし、こうした発想は、実は過激に見えて極めて後ろ向きなものであった。
赤軍派の国際根拠地論は、それまでの日本国内での「武装闘争」がことごとく失敗した後に打ち出されたものである。当時の日本国内に「武装闘争」の基盤などないにもかかわらず、中国やラテン・アメリカの革命のやり方をそのまま実践しようとしたのだから、失敗は当然だった。現在の日本において革命とは何なのか? 日本国民が今何に満足し、何に対して不満を持っているのか? 自分たちの新左翼運動が失敗し行き詰っているのは何故なのか? 赤軍派はこうした難問にこそ答えるべきだったが、実際には彼らは、当時隆盛を極めた第三世界革命論や民族解放闘争に寄りかかり、日本での閉塞状況を直視することに耐え切れず、外部に目を向けることによって問題が解決できるという幻想にかられたのである。これは一見インターナショナリズムに見えて、実は現実逃避に他ならない。 
さて、平壌で彼ら赤軍派を待っていたのは、ひたすらに主体思想を詰め込まれる「学習」の日々だった。高沢氏はこれをはっきりと「洗脳」と呼んでいる。
「現実は直視しなければならない。なぜ、国内組織は拡大、強化できず、逆に破壊していっているのか。それはわれわれの内部に根本的な誤りがあるからではないのか。(中略)私が感じていたのは、人民大衆の力、同志の力、ひいては自分自身の力に対する不確信である。チョソン革命の歴史と現実を見るにつけ、それとの鮮やかな対照をなして、この思いが大きくなっていった。(中略)われわれが、「世界同時革命」『世界革命戦争』『世界武装プロレタリアート』など、やたらに『世界』を連発していたのも、日本革命をわれわれ日本人民自身の手で最後まで責任をもって貫徹しようという立場が極めて弱かったからである」(小西隆裕、89ページ)
「(前略)私は、自分が主観的には人民のためにといいながらも、結局は狭いセクト利害からだけ物を考え、行動してきた自分の分派主義的傾向についてまず自己批判した。(中略)さらには自分に主体がなかったことに強く自己批判した。/ある意味では、当時の私たちは誰よりも主体的にということは言っていた。(中略)だが真に主体を打ち立てるということは、すべてに主人らしい態度を堅持することであり、自分の運命に責任を持つという立場からすべてに対処していくことである。しかし、私は日本の運命をどれほど深く考え、責任的に発言し、行動してきただろうか。自分の狭く浅い経験からだけ思いつきを発言し、実践してきたのではないか」(田宮高麿、96ページ)
「よど号犯」の足跡を思う時、これらの「洗脳結果」はあまりにも痛ましい。高沢氏はこの「洗脳過程」を次のように説明している。「思想教育は毎日の日課になっていた。(中略)ひたすら教育されたのはチュチェ思想のみである。(中略)1日の授業が終わると、決まって討論の時間があった」「教授や指導員たちの気に入る答は一つだけであり、それ以外の答え方をした者には、再び同じ学習が繰り返された。(中略)何度でも同じ学習を繰り返し、そうすることによって自分が気に入る答え方が他にないことを知らせた。(中略)本心からではなくても、やがて彼ら(よど号犯)は指導員が気に入るような答え方を探すようになった」「彼らもまた納得のいかないながらも、チュチェ思想にのっとって模範的な解答をし、消化不良の部分は気持ちの奥にしまいこんだ。しかし、それはやがて彼らの自己を引き裂き、自己を解体した。(中略)異貌の思想を受け入れさえすれば、この虚しさから脱出できる。それだけではない、新しい価値と評価を手にすることができる。彼らは、そこにただ一点の光明を見た。(中略)もはや反抗する者はいなくなり、指導員の教えは砂が水を吸うように彼らの中に入っていった」(95ページ)この「洗脳」が弱い自我にとっていかに効果的か、我々は新興宗教や自己啓発セミナーの隆盛によって知っている。
考えてみれば、北朝鮮という国で生きていくためには、この洗脳を受け入れるしかないことも事実である。しかし「よど号犯」がこの「洗脳」を受け入れていく過程では、それ以上に彼ら自身の思想的脆弱さが大きく作用していたと思われる。先に引用した彼らの手記は、たとえ北朝鮮政府の厳重な監視下に書かれた(された)ものとはいえ、あまりにも無残で「非主体的な」ものである。「現実は直視しなければならない」「自分に主体がなかった」「人民のためといいながらも、結局は狭いセクト利害ものを考えていた」等々、一つひとつを取ればもっともな問題提起をしていながら、なぜ安易にチュチェ思想ごきのものにその答えを求めていくのか? 「現実」を直視するためには、まず「現実」と衝突しなければならない。今、北朝鮮で自分たちが洗脳教育を受けている現実。自分たちが人民からまったく隔離され、北朝鮮の宣伝する「人民像」を抽象的に押しつけられている現実。こうした現実と格闘しなければ「主体的」に考えることは不可能である。彼らが「現実を直視」しなかった誤りを認めながら、さらに非現実的な妄想にのめり込んでいった悲喜劇は、やがて真の悲劇をもたらす。

「結婚作戦」と岡本武の謎

連合赤軍の「あさま山荘銃撃戦」による壊滅は、「よど号犯」たちの日本帰国の夢を完全に打ち砕いた。「国内に何の力もなくなれば、われわれの要求(軍事訓練を受けて革命戦士として帰国する)がチョソン側に受け入れられるはずがない。わたしは茫然とした気持ちを抱かざるをえなかった」(小西隆裕、107ページ)高沢氏の分析によれば、この後「よど号犯」はより一層金日成主義への傾斜を深める。「人民不信にもとづいた闘争の過激化、突出化は決して革命的なものにならない。大事なのは人民を信じることとチュチェ思想にもとづいた革命的世界観だ」――これが彼らの連合赤軍事件に関する総括だったという。
1972年5月平壌を訪問した日本人記者団は、金日成との記者会見の後、「よど号犯」たちとも会見した。彼らの発言は、無残なほど金日成と北朝鮮に対する賛美に満ちあふれていた。1977年、「よど号犯」は一斉に平壌で結婚する。この結婚は「妻」たちの談話と異なり、彼女らはほとんどが北朝鮮・金日成の熱烈な支持者であり、北朝鮮によって「花嫁候補」として選ばれて平壌に招かれた人たちだった。彼女らは「“チュチェの花嫁”、“首領様の花嫁”」であり、結婚、出産は「彼らの思想改造の最後の仕上げとして、金日成に絶対の忠誠を誓わせること」、また「子どもの誕生は組織の人員を増やす」という意味があった。
その他にも、「よど号犯」にとって妻子の存在は重要な意味を持っていた。「妻子は同時に彼らが海外の活動に出されるための『人質』にもなった。実際、彼らが単独で北朝鮮を出て、海外での活動を活発に始めるのは、子どもたちが誕生してのち、70年代末になってからである」(169ページ)平壌の「日本人寄宿舎=日本人村」で、北朝鮮の庶民にとっては夢のような生活を送る一方、「よど号犯」は金日成・金正日の指示による工作活動に着手していく。
本書第13章から20章にかけて記された、日本人拉致事件への「よど号犯」とその妻たちのかかわりは、おそらく本書の最も注目を集める部分だろう。拉致犯罪について高沢氏は現地の貴重な証言を交えながら、細部にわたって綿密に証拠固めをしており、「よど号犯」の工作活動とその犯罪性に関する最もまとまった報告となっている。その中でも私が最も衝撃を受けたのは、拉致事件だけではなく、かれらの「反核運動」へのかかわりだった。私自身、80年代初頭の反核運動に対しては、核廃絶という理想を信じ、好意的に感じていた面がなかったとは言えない。後日、この運動が多分に中立を装いながら、スターリン主義国家、ソヴィエトに有利な方向に誘導されていたことを知り、自分の不明を深く恥じたこともある。
しかし、この運動に「よど号犯」がかかわり、反核宣言文に主体思想をすべりこませたり、若者を親北朝鮮勢力としてオルグしていたことまでは知らなかった。一見政治的中立に見え、異論を唱えにくいテーマ(反戦、反核、平和、人権、飢えた子供たちをすくおう等々)を持った運動が、実はもっとも悪しき独裁政治に利用されてしまう。これは常に注意しなければならない問題の一つだ。
ところで、この反核運動に対してもっとも積極的に動いたとされる岡本武が、他のメンバーと対立し、「日本人村」から切り離され、ついには北朝鮮からの脱出を試み、おそらくは収容所幽閉を余儀なくされる。岡本が船を奪って海上から脱出しようとし、巡視艇に追いつかれて威嚇射撃を受けるシーン(384ページ)は、北朝鮮からあと一歩で逃れることができなかった岡本の無念が伝わってくるようだ。
この岡本武の妻、福留貴美子さんは、「よど号犯」の妻の中で、おそらくただ一人の「拉致被害者」である。岡本武が、最後にはメンバーと対立し、ついには粛清されていったのは、おそらく福留さんは、他の思想的にも北朝鮮シンパである妻達と異なっていたこと、彼女にとっては到底信じられない主体思想や、受け入れがたい工作活動を押し付けられることに心底からの抵抗感を抱いていたことだろう。この妻の精神が、いつか岡本武の「洗脳」を解くことに繋がったのが、逆に二人にとっては悲劇をもたらしたのではないだろうか。福留さん救出を日本政府が本格的に取り組む事は、よど号犯による世界的な工作活動解明・それを命じた北朝鮮政権の犯罪性を暴くことにも繋がるはずである。日本政府は福留さん拉致事件究明、救出に全力を挙げる事が北朝鮮に大いなる打撃を与える事をどこまで認識しているのだろうか?
岡本の粛清によって、これ以降「よど号犯」は完全に金日成・金正日の道具となり、思想的には退廃を極めていく。「自主日本」「人道帰国」「尊憲」「民族」――これらはすべて、主体思想を都合よく引用し、日本国内に極右から平和主義者までに連帯を呼びかけ、その内部に北朝鮮シンパを作る為に、彼らが日本向けに発する宣伝活動である。
1995年12月、リーダーの田宮が「病死」した。「よど号犯」たちの思想と行動は新左翼運動の最悪の一例として、歴史に名を留めるだろう。彼らは反スターリン主義から出発し、主体思想に落ち込んだ。人民のために戦うつもりが、独裁者の道具となった。国際主義の理想を掲げながら、まがいものの民族主義に行きついた。人間の解放を求めたはずが、拉致という形でかけがえのない多くの人生を踏みにじった。彼らは、うわべだけの反スターリン主義、反独裁を唱え、民衆の解放を求めながら、結局現実の民衆と出会うことにも、彼らのごく普通の心を理解することもしようとはしなかった。今現在の日常を生きているごく普通の人々のささやかな喜びや悲しみには眼もくれず、「革命」の為に人々を踏みにじる主体思想に屈服し、北朝鮮で飢えと抑圧下にある民衆の事を想像しようともせず、留学生活や国外旅行を楽しむ同じ日本の若者を「それよりも革命に献身する事が意義ある人生なのだ」という傲慢極まりない思想で人生をもてあそんだ。何故このような精神の退廃が起きるのか、これはよど号犯問題を超えて、政治運動の人間精神に与える闇の問題として、常に見直さなければならない重要なテーマである。

吉田金太郎と、高沢氏の「祈り」

本書の最終部では、従来、「よど号犯」の中で一人早く病死した吉田金太郎の死の謎についても記述されている。情報不足のためだろうか、この部分のみ、何故か高沢氏の文章には、やや明瞭さが欠けている。それでも高沢氏はさまざまな情況から、吉田金太郎がおそらく主体思想を受け入れなかったために、「スパイ」として「スケープゴート」にされたのではないか、と推論したのち、次のように記している。「彼のしなやかな感性が、たぶん、最終的なところで、金日成主義の《嘘》を見抜いていたのである。朝鮮人民中に入ってみなくては、と普通の常識で考えたはずである。(中略)吉田金太郎は、ただ人々と同じ暮らし、同じ苦しみと喜びを、自分も生きることを選ぼうとした。それが、彼の感性だった。空論や観念を必要としていたわけではない。そこから彼は日本の運動と『革命』を考えようとした。その意味ではハイジャッカー9人のうち吉田金太郎だけが、あの頃の時代の意識を上がりつめ、本当に日本のことを考え、労働者と『人民』の側で、最後まで非転向を貫いたのだと思わずにはいられないのである」(518ページ)おそらく、これは高沢氏の「祈り」である。かつての「同志」たちの退廃の中に、ただ一人でも「非転向」を貫いた人、初心と理想を失わず、独裁政権に抗した人がいてほしいという、「祈り」と「希望」の言葉である。
「(ごく普通の)人々と同じ苦しみと喜び」を自らの「観念、理想、思想」に織り込むこと。それのみが観念を空論にしないのみならず、観念を一層研ぎ澄まし、自らの思想を深みへ、そして高みへと導いていくのだということ。逆説的ながら、「よど号犯」の事例が我々に教えるものは、そうしたことだと思う。

(ページ数は、初版本によるものです、現在の文庫版とは異なります、ご了承ください)



syukumei.docをダウンロード



HOME

守る会

組織
呼びかけ
会則
入会のご案内
脱北者あしなが基金
帰国事業訴訟支援

NEWS

北朝鮮最新情報

デイリーNK、開かれた北朝鮮放送等の情報です。

帰国者の証言

音声・動画ファイル

集会案内

守る会および関係諸団体の集会の案内です。

声明

守る会の声明です。

かるめぎ

守る会の機関誌「かるめぎ」を紹介します。

光射せ!

守る会の理論誌「光射せ!」を紹介します。

北韓人権

北韓人権市民連合ニュースレターの紹介

資料集

書籍/映像紹介

リンク集

過去ログ

旧ホームページのすべてを収蔵しています。ただし、一部古くなっている情報もありますので、疑問の点はお問い合わせ下さい。

光射せ!


News RSS

 

管理

This site is powered by CMS Designer.