「NPOのチャレンジ」 眞鍋貞樹著   

└ 2009-06-26 08:59

良書紹介 「NPOのチャレンジ」 眞鍋貞樹著 一藝社
三浦小太郎

 本書著者眞鍋氏は、ご存知のように特定失踪者問題調査会の活動を勤めてこられ、また北朝鮮の人権問題にも深く関わってこられた方である。しかし、そのことが逆に先入観となって、本書のような地道な研究者、しかも、実践活動と研究活動を高い次元で結びつけた良書の正統的な評価を妨げては気の毒だ。直接拉致問題や北朝鮮問題を扱った本は勿論重要だが、私たちが今後も様々な実践活動をしていく上で(それをNPOと言おうが言うまいが、少なくとも政府から自立した何らかの運動をしていく上で)本書は大変重要な問題提起や、何よりも運動が行き詰った時にヒントになるような提言を随所で行っている。

まず、人間は誰しも「失敗」から学ぶ。第4章「NPOの『失敗』」は、読めば読むほど私自身の失敗体験をまざまざと思い出させる分析に満ちている。まず私が最も実感したのは、136ページ「ミッションの排他性」である。確かにNPOとはまず何よりも、自分たちの取り組む問題(例えば私の場合北朝鮮人権問題)が重要だと思うから参加し行動するのであり、そのミッションへの熱意なくしてありえないのだが、同時に、著者の言葉を借りれば、しばしばその熱意は排他性につながる。簡単に言えば「この大切なミッションを理解せず、解決の為に参加しないのはアホだ」(著者自身の言葉)となりがちなのだ。

もっと具体的に言えば、私のような北朝鮮の人権問題に取り組む時、拉致問題、帰国者問題、難民問題、収容所問題など、それぞれに対し様々な視点からのアプローチが必要であり、例えばそれは中国の人権問題とも密接に関連するかもしれないし、また硬軟様々なやり方でのアプローチを行うことでより広い結果を出す事が可能になるはずなのだが、「自分の今取り組んでいる、実践している運動方針が最も重要でかつ正しい方法なのだ」と無意識のうちに思いこみ、自ら視野を狭め、逆にミッションの解決を遠ざけてしまうのだ。

著者はこれを「ワン・イシュー主義」と名づける。「自分たちの特定のミッションをワン・イシューととらえ、そのためにあらゆる努力を傾注しなければならないという強い思いが、他のイシューへの関与を妨げ、他のイシューの解決を自分たちの義務や責任ととらえないからである。」実は、運動の純粋性を保とうと思えば思うほどこの傾向に走りやすい。しかし、これでは運動そのものは排他的になっていくばかりである。実は私自身、この傾向が相当強い人間なので、かなり自省しつつ読ませてもらった。

また、これまた最も私にとって『痛い』指摘が、著者が序文で述べているバターナリズム(父権的依存)の問題だ。これまた私の体験で言えば、要するに多少裕福な立場にあるNPO,またボランテイアが、例えば脱北者のような助けるべき立場に対し最低限の支援をするのは間違ってはいないのだが、それが行き過ぎると、「その慈善事業の対象者たちを異議を挟むことが出来ない状態に追い込み勝ち」であり「善意が、その対象者を依存性へと追いやってしまう」のだ。これはさらに悪化すると、善意のつもりで支援対象者を精神的に隷属させることにもなりかねない。

勿論、著者は様々なNPOの「成功」についても指摘して私たちを力づけてくれるのだが、私が最も共感したのは、本書の指し示す「NPO」の理念だ。「NPO」という言葉に、いわゆる左派の一部は国家を乗り越えるものとして過剰な意味づけを行い、反資本主義、反体制運動に導こうとする。それに反発する保守派は「市民」という言葉すら忌み嫌い、「市民社会」という表現を国家破壊であるかにみなし、NPOを敵視する。かって「人権」という言葉も同じような扱いを受けたと思うが、本書はこの様な不毛な論争は一応の概略紹介に留め、極めてポジテイブなNPOの理念を随所で示している。

これも私の個人的体験なのだが、よく「こういう運動をなぜやるのですか」と聞かれれば、「まあ好きだからですよ」としかいいようがない。以下に不真面目と思われようと、それが多分最も正直な答えなのだ。しかし、そこをもう少し理論的に詰めていけば、著者の第五章「NPOの失敗の克服」で述べられている様々な指摘が、「なぜ運動をやめないか」への最も高い次元への答えとなってくる。

この部分は是非皆様に本書を紐解いてもらいたいので、私なりの要約(多少都合の良い)によって紹介する。近代社会は個人の自立や民主国家の建設を確かにもたらし、今のところ近代国家と市場経済、そして民主主義は人類にとって最良のシステムなのだが、同時に、それは特に日本においては、産業、政治、行政の巨大化を生み「個人の思いというものは、国家レベルではほとんど顧みられることなく、国家レベルでは官僚が一手に政府のあらゆる政策を取る」ことになった。

また、このシステムは個人の疎外、システムへの埋没を生み、産業化の中で伝統信仰や家族、学校、地域共同体は必然的に崩れていったのである。北朝鮮の暴挙は勿論許せないが、となりのアパートに誰が住んでいるかもわからない市民社会の精神構造と、特定失踪者の数の余りの巨大さはどこかで繋がっている。また、高々何十人の拉致で国益に繋がる北との国交回復を後回しにはできないという、ある官僚の発言は(実は今も多くの政治家や官僚の本音ではないかと私は疑う)行政国家の本質を現したものである。これに対し、単に戦前や明治の国家像に帰ることのみを呼びかけてもそれは実現不可能であり、また「産業国家の解体、革命」をいう左派も「行政改革・小さな政府」をいう新自由主義も解答にはならない。

今必要なのは、NPOという、近代が生み出した、自由で自発的なシステムに、「情けは人のためならず」といった、日本古来の同胞精神(それは決して排外的なものであってはならない)に基づいて集う場において、行政国家、産業国家に「埋没する諸個人を掬い上げ、再び自由な社会へと送り出す」ことなのだ。近代民主主義の価値を最大限に認めたうえで、それが行政国家や産業国家に堕落する事がないように、自由な市民の自立した視点からの運動でさらに民主主義を深化させるのがNPOの役割である。

拉致被害者救出運動がこの日本でこれほどまでに受け入れられ多くの共感を呼んだのは、単にこれがショッキングな事件だったからだけではない。この日本において「国家」というシステムだけでは諸個人を守れないのだ、国家が国民を守るためには、国民自身がNPOなどの形で国家を補佐する、場合によっては個々人を無視しがちな行政国家、産業国家(例えば中国とお金儲けをしたいために中国政府批判を躊躇うような組織に操られる対中外交)には抵抗しなければならないことを、この事件は私たち国民に教えてくれたからなのだ。

NPOは、かって地域の共同体や、伝統的な宗教などが果たしていた、人びとの共同性を、自由と民主主義の時代に回復する試みである。これは決して反国家的なものではない。国家が単なる行政国家や産業国家に堕することなく、国家があくまで国民個人を疎外し孤立させることがないよう、また諸個人が疎外され社会に埋没する事からの救助船となる重要な未来に向うシステムなのだ。そして、私の問題にひきつけて言うのならば、北朝鮮という全体主義で精神的にも深い傷を追い、人間不信やトラウマを受けた脱北者にとっても、将来ぜひとも必要な存在なのである。

最後に個人的な想いを書いておくが、こういう本こそ例えば新書版などで広く普及されるべきものである。いつか、著者がそのような啓蒙書を書いてくださることを期待したい(終)



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