映画 クロッシング評 

└ 2010-02-23 17:39

以下は、保守ミニコミ「月刊日本」に2ヶ月連続で書いた文章です。

1、全ての国境線を越えて行く映画
「クロッシング」ついに日本公開
三浦小太郎

この2月1日、東京ではしばらくぶりに雪が降った。そしておそらく今この時も、遥かに厳寒の中国境を、雪と氷に覆われた豆満河を越えて、北朝鮮では生きる希望を失った人たちが、自由を求めて韓国や第三国を目指し、あるいは中国で稼ぐ僅かな金銭を家族のために持ち帰ろうと中朝国境を超えて行く。彼らの人の流れは、人間が生きる希望を失わない限りとどまることはない。絶望から希望にむけて、勇気という橋を人間が渡ろうとするとき、権力が作り上げた全ての境界線は越えられて行くのだ。韓国映画「クロッシング」は、このような脱北者、勇気ある越境者たちの物語である。

 この映画は2008年韓国で公開されたが、ついにこの4月、日本公開が決定した。4月17日東京澁谷ユーロスペース、5月1日銀座シネパトス、大阪でも心斎橋で公開が予定されている。北朝鮮や脱北者の実態を知る上で必見の映画であり、是非皆様にも劇場に足をお運びいただきたい。

北朝鮮のサッカー選手で、今は炭鉱町に住むヨンス(チャ・インピョ)と妻ヨンハ(ソ・ヨンファ)、そして11歳の一人息子ジュニ(シン・ミョンチョル)は、貧しくとも幸せな生活を送っていた。政府から貿易を許可され、裕福な生活をしている貿易商サンチョル(チョン・インギ)一家とは家族ぐるみの付き合いで、そこの一人娘、ミソンはジュニと同じ年。本作での北朝鮮の人びとは、たとえ貧しくとも、家族の絆を守り、友情を誓い、そして淡い恋をする、私たちとまったく同じ人間として描かれる。どのような国家体制の中でも、貧しさの中でも、一人一人の人間はこうして生きて行くのだという、キム・テギョン監督の同じ民族同胞への共感に満ちた暖かい視線が漲っている。

しかし、厳しい現実が待ち受けていた。ヨンハは肺結核で倒れ、サンチョルは、友人の妻のために薬を中国から手に入れようとするが、政府が禁止している製品を持ち込んだ罪で連行されてしまう。薬を手に入れる為には、ヨンスは中国に脱出してそこで仕事を探すしか方法がなかった。

しかし、中国では彼ら脱北者は、中国警察に追われる不法入国者に過ぎない。辛い伐採の仕事に耐えてお金をためたというのに、警察の取締りで再び無一文になったヨンスは、脱北者を食い物にしているブローカーの「韓国領事館に駆け込み、そこでインタビューを受ければお金をもらえる」という誘いに騙されて領事館への駆け込みを決意する。

しかし、勿論一度韓国領事館に入った以上、そこから出ることは自殺行為だ。彼はやむなくそのまま韓国にたどり着く。一方、北朝鮮ではヨンスが旅立って2ヵ月後、夫の帰りを待ちわびていた妻ヨンハが息を引き取る。ジュニは、同じく一家を失ったミソンと、同じく孤児として再会する。

この少年と少女をこの後襲う運命は、余りに哀しく、またあくまでも映画的に美しく描かれていくので、ここは是非映画館でご覧になって欲しい。もっとも感動的なシーンは、病み疲れた少女を少しでも楽しませようと、少年が自転車に彼女を乗せて走る場面だ。自転車をもっとも美しく描いた場面として、私はニューシネマに新天地を開いた、「明日に向って撃て」そして北野武の「キッズ・リターン」、そしてこの「クロッシング」を挙げたい。その後、ジュニも父を探して国境を超え、韓国のユソンは何とか息子と再会しようと努力するが、二人を待ち受けていたのはモンゴルの砂漠での余りにも哀しい結末だった。

脱北者ヨンス一家は、北朝鮮からも、中国からも、そしてある意味韓国からも見捨てられた存在だ。北朝鮮は飢餓に苦しむヨンス一家を救うどころか、国民の命よりも核開発を優先し、国家の命令に背くものは連行され暴行を受ける。中国は脱北者を労働力として酷使したあげく、不法入国として北朝鮮に引き渡し、そこでは厳しい拷問や強制労働が待ち受けている。そして韓国にたどりついても、脱北者たちは故郷に残してきた家族の運命が気がかりで真の意味で韓国社会に定着することが中々できない。もっとも惨めなのは、弱い立ち場の孤児達であり、彼らは何の教育もうけないまま精神も肉体も荒廃していく。この構図は、今現在も脱北者の身に起こっている現実なのだ。

北朝鮮国境を超え、不安定な立場で中国やロシアにて生き延びている脱北者の数は、10数万とも言われている。彼らは北朝鮮に強制送還されれば、犯罪者として裁かれることが明らかであるのに、中国政府が彼らを保護しないだけでなく、国際社会も、UNHCRも、何ら有効な保護を行っていない。実際の脱北者は女性が多くを占め、彼女等は人身売買や強制結婚などの悲劇にさらされているが、人権問題に敏感なはずの団体や個人も殆どこの悲劇を看過している。

北朝鮮を巡る6カ国協議は殆ど核開発の問題に絞られ、議長国の中国国内でこのような脱北者の悲劇が起きていることに対し、諸国は沈黙を守って議題に載せようともしていない。各国の国益や安全保障のためには、脱北者の生命も人権も見捨てられているのだ。

 映画をカタルシスで終わらせる為には、最後はヨンス父子が抱き合い無事韓国にたどり着くハッピーエンドの方が遥かに観客の共感は得やすかっただろう。しかし、キム・テギュン監督はあえてそのような結末を選ばなかった。今、目の前で起きている脱北者の悲劇を見据えるためには、その様なお決まりのエンデンイグを選ぶことはできないと判断したのだ。そして、ヨンスとその息子が最後まで希望と夢を捨てずに、あらゆる国家の論理と国境線を乗り越えて行く姿は、いかなる現実にも屈しない意志の力を象徴している。 

それは同時に、ノムヒョン政権という北朝鮮に妥協的で、脱北者問題に冷淡だった政権下で、あらゆる困難を乗り越えてこの映画を完成させた、監督を始め全ての韓国映画関係者の抵抗の精神でもある。彼らもまた、全ての国家の論理を乗り越え、映画という武器で世界に意志を示したのだ。

2、

前号で紹介した脱北者を描いた韓国映画「クロッシング」についてもう一度書き残したことを触れておきたい。この映画には、私としてどうしても忘れられない印象的なシーンがあるのだ。
 韓国の救援団体による脱北者支援、保護のベースになっているのは、多くの場合韓国キリスト教教会である。個人的な印象だが、熱心な支援者には福音派キリスト教徒が多いように思う。

 福音派の信仰について詳しく述べる知識は私にはないが、かなり熱烈な信仰を持った人たちだと考えて欲しい。そして、救援の目的は勿論人道的精神から来るものだが、同時に、キリスト教を布教しようと言う意識が強い。

 ある牧師は、脱北者を中国から東南アジアに密出国させる為にジャングルを超え、その途中で河にはまって命を落とした。中国当局に逮捕され、何年も牢獄で過ごした救援活動家も数多くいる。彼らを見ていると、信仰の力というものがどれだけ人間に勇気を与えるかを教えられるような思いがする。実は私はある時期にキリスト教を自らの信仰として選んだが、それにはこのような救援活動家の姿も多少影響があったことも否定しない。

 しかし同時に、中には多少行きすぎではないかと思われる行為も見られる。宗教的信念の余り、脱北者に聖書を読ませることをかなり強制的に押し付けたり、自らの信仰や運動への確信から、かなり独善的な行動に走る傾向も見られる。映画「クロッシング」は、このあたりもかなり的確に描いている。

 主人公の脱北者、ヨンス(チャ・インピョ)が外国大使館に駆け込むのは、そこでインタビューを受ければお金を貰えると中国朝鮮族ブローカーに言われたからである。彼は韓国に行く気はこの時点ではなく、そのお金を持って北朝鮮に戻り、妻や息子を助けたかったのだ。勿論、一度外国大使館に入り、その姿をテレビカメラが映し出した後に北朝鮮に戻ることなどできるはずも無く、また「お金」も、韓国入国以後定着支援金としてもらえるのであり、簡単に言えば彼はブローカーに騙され、またそのブローカーと組む韓国の救援団体も、脱北者一人一人への丁寧な説明はしなかったことになる。

これが単に救援団体の売名行為ならば、罪は重いが話は単純だ。むしろ、私も含め善意の救援者が独善に陥った時「彼らを助けるのは正義であり、かつ無知な脱北者に丁寧な説明などいらない、韓国や日本に連れてくれば後は納得するだろう」といった傲慢な姿勢になりかねないのだ。

 キリスト教信仰を脱北者に強要するのも、実は全く意味がないわけではない。北朝鮮で、まさにカルト宗教のような洗脳教育を強制され、かつ社会秩序や生産体制が崩壊したことに酔って、労働の価値やきちんとした教育も受けられなかった脱北者に、まず彼らに道徳や勤労の意識を持たせるために、最初の内は「脱カルト化」のためには、近代的な価値概念の基本をなす正統的なキリスト教的価値観を教え込む必要もあるだろう。しかし、これも行き過ぎれば、一つのカルトを脱して、もう一つの狭い価値観のみを信じ込む姿勢にもなりかねない。

「クロッシング」では、韓国に心ならずも住むことになった主人公ヨンスは、妻と子供を助ける為に、まずお金を稼ごうと必死で働く。しかし、思うようにはならず、絶望したヨンスは酒を煽るように飲む。そこに訪れた別の脱北者は、いわばキリスト教会の教えを素直に受け入れた優等生として言う。「酒などのまず、神様、イエス様におすがりするんだ」ヨンスは思わず絶叫する。

「何がイエス様だ。イエス様は、神様は南朝鮮にしかいないのか?神様は豊かな国の人しか救わないのか?」

 この言葉は、口先だけ、綺麗ごとだけの信仰、そして自由、人権を説く全ての偽善者を真っ直ぐに打ち抜く。そして、自分が韓国に来れたことに満足し、キリスト教を無批判に受け入れている脱北者よりも、実は遥かにキリスト教精神の根源に触れている。聖書に書かれたイエスは、ユダヤ教の表面の規則だけを守る偽善者、貧者を救おうとしない豊かな聖職者、そして人間社会の様々な矛盾に常に根源的な批判を投げかけている。そして、自らが十字架に架けられたとき「主よ、主よ、なぜ我を見捨てたのですか」と語っているではないか。この十字架上のイエスの姿は、絶望の中で世界の偽善に怒りをぶつけるヨンスの精神そのものだ。

 結局、ヨンスは息子と妻を助けることができずに終わる。試写会である記者が、この映画の後、ヨンスはどういう人生を送るのだろうか、という質問を、この映画の監督、金テギュン氏に投げかけた。続編など考えたことも無い、と監督は答えただけだったが、ヨンスがこの世界の悲劇を受けとめ、乗り越えていくとするなら、彼の選ぶべき道は、他の脱北者たち、脱北することも出来ずに金正日独裁政権に殺されていく人びとを救うために、かの悪の政権と、それを延命させようという世界の偽善と戦うことでしかないはずだ。

 映画「クロッシング」は、4月17日より澁谷ユーロスペース、5月1日より、大阪シネマート心斎橋、千葉劇場、名古屋シネマスコーレでも公開される。是非足をお運びいただきたい。悪と戦う力を私たちにもたらしてくれる作品である。




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