北朝鮮人権情報ニュース(12)2人の囚人が殴打・拷問で殺害される
前巨里12化所野菜班保安員徐ヒョク、方ジョンフィと金スンボク暴行傷害
事件の概要
2009年事件当時咸鏡北道(ハムギョンプクド)前巨里第12号教化所野菜班保安員徐ヒョクは何の理由からか、方ジョンフィを殴打し始め、これを制止しようとした金スンボクにも、四時間にわたり暴行を働いた。 これによって方ジョンフィと金スンボクは、二人とも一定期間動けない程の激しい傷害を受けた
事件の発生時期および場所
発生時期(期間) : 2009年
発生場所 : 人民保安部教化局国傘下の第12号教化所(別名前巨里教化所)構内の庭
人権侵害の類型
権利の類型 : 個人の尊厳性および自由権
侵害の類型 : 拷問および暴行
細部な項目 : 殴打(暴行)
2009年事件当時、咸鏡北道会寧市豊山里(プンサンリ)(旧前巨里)に位置する人民保安部教化局傘下第12号教化所(別名前巨里教化所)に収監中だった目撃者の証言によると、何の理由からか野菜班(野菜農作業班)保安員の徐ヒョクが野菜班の班長である方ジョンフィを庭で殴打し始めた。 証言者が語る、徐ヒョクが殴打する様子は次のとおりだ。
“理由は分からないが、とにかく庭で方ジョンフィが先に殴られ始めました。 ですがそれこそあちこち所構わず、靴先で後頭部を思いっきり蹴るので、額から地面にバシン!と叩きつけられ、本当にひどいものです。 その動作一度で、それ位ですから。一度の動作でそんななので、それが続けて殴られるのを見たら絶句します。見ているだけであまりにおぞましくて...”
金スンボクは、あまりにひどい殴打でこのままでは方ジョンフィが殴り殺されると感じ、無意識に“あれ先生、どうしてこんなにまで?”と言って徐ヒョクの体をつかんだ。 金スンボクがしがみつくや、すぐに徐ヒョクは罵声を浴びせながら金スンボクも一緒に殴り始めた。 この二人の女性に対する徐ヒョクの殴打は四時間近く続いた。 この事件を目撃した他の脱北者は徐ヒョクの暴力は有名だと証言した。“この人は本来、殴打が激しいという話です。 何というか、狂気というか、粗暴であの人の妻も何度か逃げ出して、一緒に暮らせないと逃げた、だから元々の本来生まれつきの、持って生まれた性格自体が粗暴で乱暴な、そんな男という話です。”
でヒョクの殴打のせいで方ジョンフィは約半月間仕事ができなかったし、顔と体の傷が見るも無残だったという。 金スンボクも両側の肋骨をひどくケガして約二月間動くことができず、監房だけで過ごさざるを得なかったのみならず、今も変らず後遺症で苦しんでいるという。
証言者1:“あの人たち、二人とも体がぼろぼろという程度ではありません。”
証言者2:“犬だってあそこまでひどく殴らないでしょうに...”
被害者
金スンボク(女、年齢未詳、咸鏡北道会寧市(フェリョンシ)、韓国行きを試みた罪で教化3年刑)
方ジョンフィ(女、40代初め、咸鏡北道会寧市)
加害容疑者(機関)
徐ヒョク(男、40代後半、人民保安部教化局傘下第12号教化所野菜班担当保安員)
情報提供者
二人の情報提供者は上の事件を北朝鮮でそれぞれ直接目撃して、2011年韓国へ脱北した後この件に対して証言したが、自身の身辺安全上の理由から実名の公開を許諾していない。
情報の出処 : (社)北朝鮮人権情報センター人権調査面接紙
情報受付時期 : 2012年2月
情報受付場所 : 北朝鮮人権記録調査室
情報受付方法 : 面談調査
情報取得および事件分析者 : 北朝鮮人権情報センター研究員
検証者 : 北朝鮮人権情報センター北朝鮮人権事件リポート検証委員会
教化所内で拷問や暴行が行われる場合は大きく三つの状況に区分することができる。 最初は、収監者が生活規定を破った時だ。 二番目は収監者が偶発的な失敗をした時だ。 三番目の場合は管理者による悪意の拷問や暴行が行われる場合だが、このような場合、収監者は訳も分からないまま一方的な殴打にあう。
もちろん上の事件のように管理者の収監者に対する暴行は、法に違反する行為だ。 朝鮮民主主義共和国憲法第79条には公民の人身不可侵を規定していて、刑法第7章一般行政管理の秩序を侵害した罪、第2節管理従事者の職務上犯罪には管理従事者が利己的目的から職権を乱用し厳重な結果を起こした場合には2年以下の労働鍛練刑に処し、情状が重い場合には4年以下の労働教化刑に処すると明示されている。
本事件の場合、安全員が個人的な感情から自身の職権を利用して収監者を無慈悲に暴行したのだから、憲法第79条と刑法7章2節246条に明白に違反しているといえる。
だが、実際には管理者の収監者暴行に対する厳格な規定が存在しないために(あるいは知られてはいないが、管理者は収監者を好き勝手に扱えるという内部および下部規定がある可能性も排除することはできない)収監者たちは、管理者による任意な処罰と拷問から決して自由ではおられないのが現実だ。 したがって教化所で収監者が管理者から目をつけられると、独房処罰のようにひどい処罰を受けたり拷問をされることがあると見られる。 また、教化所で発生する暴行に関する深刻な問題は、管理者が任意に処理できる権限を持っているので、時には収監者の命を脅かすほど危険な道具を使って殴打を加えることがある。
北朝鮮人権情報センターの「NKDB統合DB」によれば、2011年8月を基準に拷問および暴行を受けた事件は2,496件と録されている。
1.拷問および暴行
「世界人権宣言第5条」
- どこの誰も拷問および残酷で非人道的な、または屈辱的な待遇や処罰の対象になってはならない。
「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第3部第7条」
- どこの誰も拷問または残酷で非人道的な、または屈辱的な取り扱い、または刑罰を受けない。 特に誰もが自身の自由な同意なしに、医学的または科学的な実験を受けない。
「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第10条1項」
- 自由を剥奪されたすべての人は人道的に、また人間の固有な尊厳性を尊重して取り扱われる。
「市民的および政治的権利に関する規約(B規約) 第3部第10条3項1節」
-刑務所収監制度は服役者らの校正と社会復帰を基本的な目的とする処遇を含む。
「拷問およびその他残酷で非人道的な、または屈辱的な待遇や処罰の防止に関する協約」
2.加害容疑者
「朝鮮民主主義人民共和国刑法第7章 一般行政管理秩序を侵害した罪、第2節管理従事者の職務上の罪、第283条(故意による重傷害罪)」
- 故意に人の生命に危険なほどの重傷を負わせたり、目、耳、その他の機能を失わせたり、顔にひどい傷跡をしたり、精神病を起こさせたり、労働能力を顕著に落とさせた者は5年以下の労働教化刑に処する。 前項の行為で被害者を死に至らしめたり、前項の行為を残忍な方法で行ったり、または共謀したり、色々な人に重傷を負わせた場合には5年以上10年以下の労働教化刑に処する。 情状が重い場合には10年以上の労働教化刑に処する。
「朝鮮民主主義人民共和国刑法第7章一般行政管理秩序を侵害した犯罪、第2節管理従事者の職務上の犯罪、第246条(職権乱用罪)」
- 管理従事者が利己的目的から職権を乱用し、厳重な結果を起こした場合には2年以下の労働鍛練刑に処する。情状が重い場合には、4年以下の労働教化刑に処する。
「朝鮮民主主義人民共和国刑法第7章 一般行政管理秩序を侵害した犯罪、第2節管理従事者の職務上の犯罪、第248条(職権怠慢罪)」
- 管理従事者が上部から受けた命令、指示または職務上の義務を遂行しなかったり、怠慢で厳重な結果を引き起こした場合は、2年以下の労働鍛練刑に処する。情状が重い場合は二年以下の労働教化刑に処する。
北朝鮮人権情報センターニュース(11)殴打で囚人女性が死亡
事件の概要
2007年12月咸鏡北道清津市羅南区域保安処で、20代の警護員チョ・グァンチョルと崔ミョンチョルは被害者李福(姫?)を殴打で殺害に至らしめた。 被害者は事件当日、教化所に入所するために保安処の拘留場2号監房から自力で歩いて出て行ったのに、夜11時頃失神した状態で、二人の警護員たちの手で4号監房に連れて来られた後、明け方の3時頃死亡した。
事件の発生時期および場所
発生時期(期間) : 2007年12月
発生場所 : 咸鏡北道清津市羅南区域保安処拘留場4号監房
人権侵害の類型
権利の類型 : 生命権/個人の尊厳性および自由権
侵害の類型 : 他人からの直接的行動に因る死亡/拷問および暴行
細部な項目 : 拷問と蛮行の結果/殴打(暴行)
2007年12月事件当時、咸鏡北道清津市羅南区域保安処拘留場4号監房に収監中だった目撃者の証言によれば事件当日、夜11時ごろに拘留場警護員チョ・グァンチョルと崔ミョンチョルが被害者李福(姫?)を4号監房の前まで、犬のように引きずって来て放置したという。 その時既に李福(姫?)は昏睡状態に近く、4号監房に入れられていた収監者四、五人が鉄格子の外に出て、被害者の腕や脚を持って監房の中に移さなければならなかった。 監房中に入れられた被害者の状態を見ると、髪の毛があちこち塊りになって抜けていた。髪をつかんで頭をひどく振り回された跡だった。 監房の中に被害者を移すと、すぐにチョ・グァンチョルと 崔ミョンチョルは再び被害者を監房鉄窓近くに体を移させ、被害者の頭をつかんで鉄格子に数回強くぶつけた。 そのように頭を数回殴られて、李福(姫?)が監房の隅にそのまま横たわってしまうと、すぐにその警護員はまた“オイ、その女の服を脱がせろ”と指示した。 目さえ開けられない失神に近い状態なのに、被害者はその声が聞こえたのか自分の服の襟を両手で整えて握り、呻くような低い声で“先生... 先生...”だけを繰り返した。 警護員たちの烈火のような勢いに4号の監房長が被害者の服を脱がせると、警護員たちは被害者を監房のトイレに入れろと命令した。4号監房の収監者たち何人かが、もう一度真裸にされた被害者を引きずってトイレの中に入れた。 被害者の上体はトイレの中に入っていて、脚の部分はトイレの外に伸び出ている状態のまま数分が過ぎた。少し経って警護員たちが帰ると、収監者たちは被害者を再び監房に入れ寝かせたが、約4時間後の明け方3時頃、被害者李福(姫?)は息を引き取った。
目撃者は被害者の死因は殴打のせいであると力説した。 その理由は事件当日の朝、被害者が教化所に行くと2号監房から元気に歩いて出たのに、夜には一人で歩くこともできないほとんど死体のような状態になって、チョ・グァンチョル、崔ミョンチョルの二人の警護員に引きずられて来たということだ。 何の理由からか被害者は教化所に入所できずに羅南区域の保安処に戻って来て、チョ・グァンチョルと崔ミョンチョルは再入所の手続きを処理するのが煩わしく、その腹いせから被害者を殴打したということだ。 その時、当時他の警護員たちは全員退勤した後で、保安処で警護に残っていたのはチョ・グァンチョルと 崔ミョンチョルだけだったという。
“殴り殺されたのです。先生、それは確実です。本当に殴り殺されました。教化所へ行くからと歩いて出て行った人が、死体になって戻って来たのに。 元気で、死ぬような子ではありませんでした。 元々2号監房にいたのですが、2号監房で一緒に生活した人たちは、何と言っても愛憎相半ばする筈ですから、これまで一緒に暮した人が半殺しになって戻って来たのだから、そちらに入れるのなら自分たちの部屋に入れようとしたという話です。 そばで見ていると、恐ろしくて魂が抜け落ちそうです。 それでタイのバンコクの収容所で座っていると、それが辛いという、そんな子たちが羨ましい限りです、お前たちは本当に幸せだと...”
被害者
李福(姫?)(女、40代)
加害容疑者(機関)
チョ・グァンチョル(男、2007年事件当時22才、咸鏡北道清津市羅南区域保安処警護員)
崔ミョンチョル(男、2007年事件当時20代後半、咸鏡北道清津市羅南区域保安処警護員)
情報提供者
情報提供者は2011年(韓国)入国者で上の事件を直接目撃した後、証言したが、本人と家族の身辺安全上の理由から実名公開を許諾していない。
情報の出処 : (社)北朝鮮人権情報センター人権調査面接紙
情報受付時期 : 2012年2月
情報受付場所 : 北朝鮮人権記録調査室
情報受付方法 : 面談調査
情報取得および事件分析者 : 北朝鮮人権情報センター研究員
検証者 : 北朝鮮人権情報センター北朝鮮人権事件リポート検証委員会
人民保安部の拘留場は保衛部の拘留場と同じように各保安部の機関内に設置されていて、建物の一部を構成する。 一般的に建物の片方の部分に保安処の他の空間と拘留場の空間を分離する扉があり、その扉を通過して拘留場に入ると、それぞれの収監室が配置されているというのが、北朝鮮離脱住民たちの証言を通じて確認された。 保安処の正門の両側には予審課があり、収監室に入る入口の横には警護室がある。 その入口から入ると収監室が並んでいて、トイレはそれぞれの収監室の内側に位置している。トイレは別途に区分された場所ではなく、用便を見る収監者を最小限で分ける一種の敷居が設置されている、開放された空間だ。ここには洗面ができる水道施設が一緒に設置されていて、このような保安処の拘留場の姿は、保衛部の拘留場の姿と似ていると言える。
本事件の発生場所である咸鏡北道清津市羅南区域保安処の拘留場の場合、拘禁室がいくつあるのか正確には知られていないが、北朝鮮離脱住民たちの証言を総合してみると4個以上10個以下であると推定され、各収監室当りの収監人員は平均15人程になると見られる。
人民保安処の拘留場に拘禁された収監者も、保衛部の収監者と同じように拷問と暴行にさらされている。それらは調査および予審が行われる時と普段、拘留場に収監されている時間に各々、調査員や警護員から拷問や暴行に遭う事がある。 拷問および暴行が加えられるケースは、調査の過程で調査を担当する保安員の指示を履行しなかったり、彼が望む返事が返って来ない時だ。 また拘留場では動いたり隣の人と話をした等の理由から、暴行および団体処罰を受けたりする。 暴行は保安員や警護員によってされたり、あるいは彼らの指示で同じ収監者によってされたりする。 団体処罰には同じ姿勢を維持させられたり、給食の量を減らす処罰などが含まれる。
北朝鮮人権情報センターの「NKDB統合DB」によれば、2011年の8月を基準に拷問と蛮行の結果、死亡した事件は177件、拷問および暴行を受け、個人の尊厳性および自由権を侵害された事件は2,496件申告・受付けられている。
1.生命権
「朝鮮民主主義人民共和国刑事訴訟法第7章 一般行政管理秩序を侵害した犯罪、第2節管理従事者の職務上の犯罪、第283条(故意的重傷害罪)」
- 故意に人の生命に危険な程の重傷を負わせたり、目、耳その他の機能を失わせたり、顔にひどい傷跡を残したり、精神病を起こさせたり、労働能力を顕著に落としめた者は、5年以下の労働教化刑に処する。 前項の行為で被害者が死んだり、前項の行為を残忍な方法でしたり、または共謀したり、色々な人に重傷を負わせた場合には、5年以上10年以下の労働教化刑に処する。 情状が重い場合は10年以上の労働教化刑に処する。
「市民的および政治的権利に関する規約(B規約) 第3部第10条3項1節」
-刑務所収監制度は服役者らの校正と社会復帰を基本的な目的とする処遇を含む。
「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第3部6条1項」
- すべての人間は固有な生命権を持つ。 この権利は法律によって保護される。 どこの誰も恣意的に、自身の生命を剥奪されない。
2.拷問および暴行
「世界人権宣言第5条」
- どこの誰も拷問および残酷で非人道的な、または屈辱的な待遇や処罰の対象になってはならない。
「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第3部第7条」
- どこの誰も拷問または残酷で非人道的な、または屈辱的な取り扱い、または刑罰を受けない。 特に誰もが自身の自由な同意なしに、医学的または科学的な実験を受けない。
「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第10条1項」
- 自由を剥奪されたすべての人は人道的に、また人間の固有な尊厳性を尊重して取り扱われる。
「拷問およびその他残酷で非人道的な、または屈辱的な待遇や処罰の防止に関する協約」
3.加害容疑者
「朝鮮民主主義人民共和国刑法第7章一般行政管理秩序を侵害した犯罪、第2節官吏従事者の職務上の犯罪、第246条(職権乱用罪)」
- 官吏従事者が利己的目的から職権を乱用し、厳重な結果を起こした場合には2年以下の労働鍛練刑に処する。情状が重い場合には、4年以下の労働教化刑に処する。
「朝鮮民主主義人民共和国刑法第7章 一般行政管理秩序を侵害した犯罪、第2節管理従事者の職務上の犯罪、第248条(職権怠慢罪)」
- 管理従事者が上部から受けた命令、指示または職務上の義務を遂行しなかったり、怠慢で厳重な結果を引き起こした場合は、2年以下の労働鍛練刑に処する。情状が重い場合は二年以下の労働教化刑に処する。
「朝鮮民主主義人民共和国人民保健法第6章 保健機関課保健従事者、第42条」
- 保健従事者は患者に親切に接してあげ、あらゆる知恵と誠意を尽くして治療しなければならない。
北朝鮮人権情報センターニュース(10)脱北者女性が拷問で死亡
事件の概要
咸鏡北道清津市道保衛部は、2008年5月28日中国と内モンゴル国境で逮捕され北朝鮮へ送還された被害者宋クムジュを2008年12月から2009年8月まで約9ヶ月間、スパイ容疑で不法拘禁および取り調べを行い、2009年8月28日咸鏡北道清津市道保衛部の不法拘禁および拷問取り調べで被害者宋クムジュ死亡。
事件の発生時期および場所
発生時期(期間) : 2009年08月28日
発生場所 : 咸鏡北道清津市道保衛部
人権侵害の類型
権利の類型 : 生命権/個人の尊厳性および自由権
侵害の類型 : 他の直接的行動による死亡/不法拘禁/拷問および暴行
細部な項目 : 拷問と蛮行の結果/保衛部および安全部調査および拘留施設
被害者宋クムジュは2004年8月、母と弟が居住していた中国へ初めて脱北し、2008年5月20日弟と韓国行きを企図する前まで中国の遼寧省の紡織工場、家政婦などの仕事をして金を儲けた。 宋クムジュと宋ヒョンジュは2008年5月20日朝7時、ブローカーの案内の下に瀋陽を出発して北京を経て内モンゴル境界地域に到着したが、5月28日夜中国と内モンゴル国境に設置された鉄条網を越えようとした瞬間、パトロールカーに見つかり逮捕された。二人は7月8日北朝鮮新義州(シンウィジュ)保衛部に護送された後、二ヶ月間取り調べを受け10月6日会寧市保衛部へ一緒に移管された。妹宋ヒョンジュの証言によると、市保衛部での取り調べは週5日ほど行われ、毎回二三時間程度進められた。 彼女は取り調べ時、手錠や木の椅子の脚などで、ひどく殴打されたと陳述した。
宋クムジュは保衛部での調査中、素直に話せば助かるという担当保衛院の話を額面通りに受け入れ、瀋陽市の家庭で家事お手伝いとして働いた時、その家を訪問した韓国からの客人を見た話まで詳しく述べた。 同じ年12月宋クムジュはスパイ疑惑で、咸鏡北道清津市道保衛部に移送されて取り調べを受け、たし2009年8月28日道保衛部に拘禁された状態で死亡した。
“スパイ疑惑を受け道保衛部へ身柄を送検されすべて話をしました。2009年10月にとても気になったので、お金を渡して保衛部の人に聞いてみました。その保衛部員が言うには、保衛部の文書には8月28日腎臓炎で誤って死亡したというのです。でもそんなことはそこで言う言葉であって、拷問のせいで辛い思いをして死んだのでしょう...今でも信じられません。”
被害者
宋クムジュ(女、1989年生れ、咸鏡北道会寧市(フェリョンシ)城川洞 (ソンチョンドン)、現在は死亡)
加害容疑者(機関)
咸鏡北道清津市道保衛部
情報提供者
本事件は2012年2月、被害者宋クムジュの弟の宋ヒョンジュが証言した。当時宋ヒョンジュは姉宋クムジュが市保衛部から道保衛部に移管され、調査されたことを熟知していたし、死亡を直接目撃することはできなかったが、一緒に北朝鮮へ送還された当時の宋クムジュの健康状態に照らしてみると、道保衛部の拷問による死亡であると確信する。宋クムジュの死亡は該当保衛部の保衛部員を通じて、間接的に確認された。
情報の出処 : (社)北朝鮮人権情報センター人権調査面接紙
情報受付時期 : 2012年2月
情報受付場所 : 北朝鮮人権記録保存所外部
情報受付方法 : 面談調査
情報取得および事件分析者 : 北朝鮮人権情報センター研究員
検証者 : 北朝鮮人権情報センター北朝鮮人権事件リポート検証委員会
国家安全保衛部は北朝鮮の金正日体制を後押しする核心機関であり、政治犯の探索および逮捕、調査、そして政治犯収容所管理および運営を専門に担当している。 国家安全保衛部は北朝鮮刑事訴訟法で安全保衛機関として指摘され、反国家および反民族犯罪事件に対する排他的管轄権を持つ。
国家安全保衛部は犯罪者を拘禁する目的を持つ機関ではなく、保衛部内の拘留場は効果的な尋問のために、犯罪容疑者を最大4ヶ月までだけ拘留拘束できる。 しかし保衛部に収監された犯罪容疑者たちは、有罪かどうかに拘らず深刻な拷問や暴行を受けている。
収監者は保衛部で、予審を含む各種調査を受けるために調査室や拘留場に入れられるが、この二つの場所皆で拷問や暴行を経験する。
国家保衛部の調査過程で、暴行は広範囲に行われる。保衛部勤務者は自身が願う情報を短期間に容易に得ようと、物理的暴力を頻繁に使う。 暴行をする時には拳骨や、軍靴を履いたまま足蹴りしたり、木の棒が使われる場合が多い。 厳重な政治犯罪容疑者の場合、時々電気こん棒のような、別途の拷問器具が使われたりする。
北韓人権情報センターの「NKDB統合DB」によれば、2011年8月を基準にして保衛部に不法拘禁された事件が5,659件あり、拷問および暴行にあった事件は2,496件記録されている。 保衛部のような拘禁施設で拷問を受け死亡した人の正確な数は把握しにくいが、脱北者の証言に照らしてみると、その数は少なくないと推定される。
1.不法拘禁
「朝鮮民主主義人民共和国刑事訴訟法第6章捜査、第144条(逮捕した犯罪容疑者、犯罪者の処理)」
- 捜査員はこの法第143条に従って逮捕した犯罪容疑者、または犯罪者を拘禁した場合には、逮捕した時から48時間内に拘禁決定書を作って検査の承認を受け、逮捕した日から10日以内に調査し予審に渡さなければならない。 検査の承認を受けられなかったり、逮捕した日から10日以内に犯罪者ということが確認されなければ、直ちに釈放しなければならない。
「朝鮮民主主義人民共和国刑事訴訟法第7章予審、第151条(予審の期間)」
-予審員は犯罪事件の予審を始めた日から、2ヶ月内に終えなければならない。 労働鍛練刑を適用できる犯罪事件の予審は、10日内に終えなければならない。 予審を加えるために裁判所に送りかえした有期労働教化刑、無期労働教化刑、死刑を与えられる犯罪事件の予審は20日以内に、労働鍛練刑を与えられる犯罪事件の予審は7日以内に終えなければならない。
「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第3部9条1項」
- すべて人は身体の自由と安全に対する権利を持つ。 誰もが恣意的に逮捕されたり、または抑留されない。 どこの誰も法律に定めた理由および手続きに沿わずには、その自由を剥奪されない。
「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第10条1項」
- 自由を剥奪されたすべての人は人道的に、また人間の固有な尊厳性を尊重して取り扱われる。
2.生命権
「朝鮮民主主義人民共和国刑法第282条過失的殺人罪」
- 人を過失で殺した者は、3年以下の労働教化刑に処する。過失で多くの人を殺した場合には、3年以上8年以下の労働教化刑に処する。
「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第3部第10条1項1節」
- 矯導所収監制度は服役者たちの校正と社会復帰を基本的な目的とする処遇を含む。
「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第6条1項」
- すべての人間は固有な生命権を持つ。 この権利は法律によって保護される。 どこの誰も恣意的に、自身の生命を剥奪されない。
「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第10条1項」
- 自由を剥奪されたすべての人は人道的に、また人間の固有な尊厳性を尊重して取り扱われる。
3.拷問および暴行
「世界人権宣言第5条」
- どこの誰も拷問および残酷で非人道的な、または屈辱的な待遇や処罰の対象になってはならない。
「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第3部第7条」
- どこの誰も拷問または残酷で非人道的な、または屈辱的な取り扱い、または刑罰を受けない。 特に誰もが自身の自由な同意なしに、医学的または科学的な実験を受けない。
「拷問およびその他残酷で非人道的な、または屈辱的な待遇や処罰の防止に関する協約」
4.加害容疑者
「朝鮮民主主義人民共和国刑法第7章一般行政管理秩序を侵害した犯罪、第2節官吏従事者の職務上の犯罪、第246条(職権乱用罪)」
- 官吏従事者が利己的目的から職権を乱用し、厳重な結果を起こした場合には2年以下の労働鍛練刑に処する。情状が重い場合には、4年以下の労働教化刑に処する。
北朝鮮人権情報センターニュース(9) 妻と10才未満の子供二人が、連座制で政治犯収容所行き
事件の概要
2009年咸鏡北道(ハムギョンブクド)会寧市(フェリョンシ)望洋洞(マンヤンドン)に居住していた崔ヨンドクが、スパイ容疑で咸鏡南道(ハムギョンナムド)咸興市(ハムフンシ)鉄道保衛部により逮捕、拘禁された。 1年後の2010年咸鏡南道咸興市鉄道保衛部は連座制を適用して崔ヨンドクの妻と2人の幼い子も崔ヨンドクと共に咸鏡北道会寧市に位置する22号政治犯収容所に拘禁した。
事件の発生時期および場所
発生時期(期間) : 2010年夏
発生場所 : 咸鏡北道会寧市望洋洞22班 崔ヨンドクの自宅
人権侵害の類型
権利の類型 : 個人の尊厳性および自由権
侵害の類型 : 不法拘禁
細部な項目 : 政治犯収容所
2009年当時咸鏡北道会寧市望洋洞22班に居住していた崔ヨンドクは骨董品密輸、人身売買、韓国と連係(韓国にいる人と電話連絡)等の不法な事業を通じて裕福に生活していた。 しかし共にこの仕事をしていた前会寧市保衛指導員尹(ユン)イルチュが咸興市で腹を作り韓国行きを企てていた間、咸興鉄道保衛部に逮捕され、調査の過程で崔ヨンドクの名前が取り上げられ、2009年冬崔ヨンドクは咸興鉄道保衛部によって逮捕された。
崔ヨンドクの妻は不安な気持ちで村の担当保衛部員に、自身と幼い子たちの身辺安全に対する問い合わせを度々したという。 だが、その度ごとに保衛部員は、特別なことはないだろうから心配しなくても良いと言って、崔ヨンドクの妻を安心させた。 町内の隣人たちが保衛部員の目を避け、時々崔ヨンドクの妻に逃げた方が良いのではと話したが、チェ氏の妻は保衛部員の話を固く信じて居住地を移さなかった。
崔ヨンドクが逮捕されて7〜8ヶ月が過ぎる2010年夏、崔ヨンドクの家に保衛部の人々が押しかけた。 当時この事件を目撃した証言者の話によれば、真昼に保衛部所属車両が来て、何人かの保衛部員が車から降りた後、チェ氏の家に入って、外に残っている保衛部員は笛を吹いて集まった人々を解散させた。 それから保衛部員は大声で叫んでチェ氏の妻と幼い子供たち二人を力づくで引きずり出した。 そしてチェ氏の家にいた服と穀物など、持って行ける物のを皆車に乗せ発車した。
担当保衛員が町内の住民たちに流した話によれば現在、チェ氏の妻と2人の幼い子は咸鏡北道会寧市にある22号政治犯収容所に拘禁されているという。
被害者
崔ヨンドク(2009年当時30代始め、男、咸鏡北道会寧市望洋洞22班居住)
崔ヨンドクの妻(年齢未詳、女、咸鏡北道会寧市望洋洞22班居住)
崔ヨンドクの子女二人(2010年当時10歳未満)
加害容疑者(機関)
咸鏡南道咸興市鉄道保衛部
情報提供者
情報提供者は2011年入国者で上の事件を直接目撃した後証言したが、自身の身辺安全上の理由から実名の公開を許諾していない。
情報受付場所 : 北朝鮮人権記録保存所 調査室
情報受付方法 : 面談調査
情報取得および事件分析者 : 北朝鮮人権情報センター研究員
検証者 : 北朝鮮人権情報センター北朝鮮人権事件リポート検証委員会
北朝鮮の政治犯収容所は、政治的事件に関連した関係者とその家族を公式的裁判手続きなく受け入れ、苛酷に処罰する社会から隔離した特別拘禁施設である。 北朝鮮の政治犯収容所に対する名称は多様だが、韓国では主に‘政治犯収容所’と命名されているが、北朝鮮内部では‘管理所’と‘完全統制区域’、‘閉じられた区域’等と呼ばれている。 その名称から知られるように政治犯を管理する所として知られているが、北朝鮮当局が規定する政治犯の定義は明らかになったことがない。
政治犯収容所は北朝鮮の‘恐怖政治の核心’と見ることができる。 北朝鮮住民たちは国家安全保衛部によって政治犯として逮捕され政治犯収容所に収監される場合、本人はもちろん家族まで連座して処罰されることを認識しているので、政治犯収容所に対する極度の恐怖心を持っている。 北朝鮮当局はこのような恐怖心を活用し、住民の生活と思想を徹底的に統制して、閉鎖的な北朝鮮体制をかたく維持しているのである。
しかし北朝鮮法律と行刑体系から、政治犯収容所の名称と設置、運営根拠を明示している関連規定は現在まで明らかになっていない。したがって北朝鮮の政治犯収容所の概念と運営現況および実状は、経験者と関係者の証言に依存する外はない。
現在運営中の北朝鮮の政治犯収容所は人民保安部が管理する18号北倉(プクチャン)収容所と国家保衛部が管理する14号价川(ケチョン)収容所、15号燿徳(ヨドク)収容所、16号化城(ファソン)収容所、22号会寧収容所がある。 特に本事件の被害者が収監されていると知られた22号会寧収容所は、1973年に設立された後1990年に拡大して今でも運営中であり、咸鏡北道会寧市の仲峰洞(チュンボンドン)-屈山里(クルサルリ)-行営里(ヘンヨンリ)-洛生里(ナクセンリ)-沙乙里(サウルリ)にかけて位置している。 この収容所の行営地区だけでも一万人余りの収監者がいるということが、22号政治犯収容所経験者の証言によって確認された(NKDB北朝鮮政治犯収容所の運営体系と人権実態)。 2009年国家情報院の発表によれば22号収容所には、総5万人程の政治犯が収容されている。
北朝鮮政治犯収容所の収監者はほとんど、自分自身の過ちでなく連座制によって収容されていて、彼らは調査と裁判過程が省略されたまま収監されるので、自身の罪名は勿論刑期も知らない状態で生涯を過ごして行く。 完全統制区域で終身刑で暮しているので、釈放という一抹の希望や夢もなく、肉体の生存のための動物的な生活を送っているのだ。 政治犯収容者のこのような心理的、情緒的苦痛の他にも収容所内の徹底した抑圧と統制、相互監視体制、そして生存を脅かす足りない食べ物と過酷な労働のせいで、収監者たちは常に生命の危険に曝されている。 収容所の収監者には人間らしい生存に必要な最小限の基本権、すなわち衣食住と保健、医療、教育、作業環境などが全く保障されていないので、彼らは過去の奴隷制社会の奴隷と違いのない取り扱いを受けている。 現在14万人余りの北朝鮮人民が「政治思想犯」として政治犯収容所に収監され、残酷な人権蹂躪にあっている。
北朝鮮人権情報センターの調査結果によれば2011年8月を基準として、政治犯収容所に不法拘禁された申告件数は2,358件である。
1.10歳未満の児童の拘禁
「朝鮮民主主義人民共和国刑法第2章1節11条(刑事責任年齢)」
- 犯罪を犯した当時、14歳以上の者に対しでだけ刑事責任を負わせる。
「朝鮮民主主義人民共和国児童権利保障法第5章司法分野での児童権利保障(児童に対する刑事責任の追及および死刑の禁止)」
-14歳に至らない児童には刑事責任を負わせず、犯罪を犯した当時14歳以上に達した児童に対しては死刑を適用しない。
「児童の権利に関する協約第37条(a)項」
- いかなる児童も拷問または、その他残酷だったり非人間的で屈辱的な待遇や処罰を受けない。 死刑または釈放の可能性がない終身刑は、18歳未満の人が犯した犯罪に対して科してはならない。
「児童の権利に関する協約第37条(b)項」
- いかなる児童も違法に、または恣意的に自由を剥奪されない。 児童の逮捕、抑留または、拘禁は、法律に従って行われなければならず、ただ最後の手段として、また適切な最短期間の間だけを使用されなければならない。
「児童の権利に関する協約第37条(c)項」
- 自由を剥奪されたすべての児童は、人道主義と人間固有の尊厳性に対する尊重に立脚し、そして彼らの年齢上の必要を考慮して処遇されなければならない。
2.不法拘禁
「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第3部9条1項」
- すべて人は身体の自由と安全に対する権利を持つ。 誰もが恣意的に逮捕されたり、または抑留されない。 どこの誰も法律に定めた理由および手続きに沿わずには、その自由を剥奪されない。
「市民的および政治的権利に関する国際規約(B規約)第3部9条5項」
- 不法な逮捕または抑留の犠牲になった人は、誰でも補償を受ける権利を持つ。
北朝鮮人権情報センターニュース(8)水も与えられなかった囚人が泥雪を食べて食中毒で死亡
事件の概要
金ジョンアと李スンエは渡江(中国脱出)を試みたが逮捕され、咸鏡北道(ハムギョンブクド)人民保安局松坪集結所に拘禁中の2006年12月末、集結所就業地の強制労働に投入される。 就業地では逃走防止および監視便宜を目的に、夜間にはトイレの個別使用を禁止する。 ために夕食時にスープや飲み水が提供されず、起床後もすぐには飲み水を供給されなかった。 2006年12月金ジョンアと李スンエは同僚と伐木作業のために山に登っている間のどの渇きに耐えられず、周辺の引き止めにもかかわらず地土の雪を食べて大腸炎にかかり、適切な治療を受けられずに二日後の2006年12月27日死亡した。
事件の発生時期および場所
発生時期(期間) : 2006年12月27日
発生場所 : 咸鏡北道人民保安局 松坪集結所 伐採就業地
人権侵害の類型
権利の類型 : 個人の尊厳性および自由権/被害者と拘禁者の権利/個人の尊厳性および自由権/被害者と拘禁者の権利
侵害の類型 : 不法拘禁/強制労働による侵害/拷問および暴行/適切な医療サービス侵害
細部な項目 : 集結所での食飲不許可、生理的欲求解決意志/
金ジョンアと李スンエは脱北を試みてそれぞれ逮捕され、2006年12月当時、咸鏡北道人民保安局松坪集結所に拘禁中だった。伐採副業に動員された集結所の収監者たちは、山にある山林保護員の宿舎で何日合宿するのだが、その時当時伐採作業に動員されたのは二人の被害女性を含み30〜40人程だった。 収監者が山林保護員の宿舎にいる間は、夜間にトイレを言い訳に逃走するのを防止し、警護員の監視便宜を図るために夕方から一切水分が供給されない。 当然夕方の献立から飲み水は勿論汁も外された。
証言者の陳述に沿えば、就業地では収監者たちを就寝前に団体で小便させたが、個別にトイレを使えるのではなく、広場に明かりを照らして全員そこで同時に用をすまさせた。 一旦就寝のために収監者を部屋に閉じ込めると外から扉を閉め、それ以上のトイレ使用を禁止してしまった。 また起床後も、すぐに飲み水は提供されず、午前作業のために山に登る時、すべての収監者がのどの渇きがひどくとても辛がる状態だったそうだ。
2006年12月25日朝、金ジョンアと李スンエは同僚の収監者と共に、警護員の監視の下山に登っていた。 警護員の監視のせいで収監者は隊列を離脱できない状況だった。二人の若い女性は足跡ですでに汚れている土が入り混じった雪を、喉の渇きをこらえ切れず手ですくって食べ山道を登った。 結局その日、金ジョンアは激しい下痢を伴った大腸炎にかかり、二日後の2006年12月27日何の薬も供給されないまま死亡した。 金ジョンアが死亡して一週間後、伐採作業を終え収監者が集結所に復帰した時、李スンエもまた激しい下痢症状に苦しんでいたが結局、彼女も二日後の2007年1月5日適切な治療を受けられないまま死亡した。
“夜におしっこをしに出かけて逃げたりするから、夕食には乾いたご飯だけ与え汁もくれません。 そして扉に鍵をかけて寝ます。おしっこをしに行く時、列を作って行って、灯りで皆を照らしながらしろといいます。”
被害者
金ジョンア (女、2006年当時19才、咸鏡北道鏡城郡(キョンソングン)出身、現在死亡)
李スンエ (女、2006年当時20才、咸鏡南道端川市(タンチョンシ)出身、現在死亡)
加害容疑者(機関)
咸鏡北道清津市(チョンジンシ)道集結所
情報提供者
情報提供者は2011年入国者で上の事件を直接目撃した後証言したが、自身の身辺安全上の理由から実名の公開を許諾していない。
情報の出処 : (社)北朝鮮人権情報センター人権調査面接紙
情報受付時期 : 2011年12月
情報受付場所 : 北朝鮮人権記録保存所 調査室
情報受付方法 : 面談調査
情報取得および事件分析者 : 北朝鮮人権情報センター研究員
検証者 : 北朝鮮人権情報センター北朝鮮人権事件リポート検証委員会
北朝鮮の集結所は北朝鮮の刑法で規定されていない拘禁施設で、強制労働が賦課された一種の臨時収容施設だ。 咸鏡北道清津市松坪区域農圃洞(ノンポドン)に位置する咸鏡北道人民保安局松坪集結所(以下、松坪集結所)は1970年代にでき、当時は犯罪者が予審を受ける前に入れて置く所だった。そして1998年以後、中国へ脱出して捕り入れられる不法越境者を拘禁・管理し、‘不法越境者集結所’と呼ばれるようになる。
集結所に拘禁中の収監者はほとんど、劣悪な食事と不潔な飲み水で胃の病や下痢にかかり、少量の食事と強制労働で栄養失調に苦しめられる。 収監者は原則的に一日に三度食事を提供されるが、一食ごとに提供される食事の量と栄養は非常に劣悪だ。収監経験者の証言によれば松坪集結所の場合、2010年の基準で、一食とうもろこしご飯100g-150g、塩の汁だけが提供され、飲み水もまともに供給されなかったという。
強制労働の場合、主に保安局の就業地に連れて行って働かされる。 また、保安局から指示される各種の建設地に連れて行かれて仕事をし、冬は伐採地に送って働かせる。 伐採地は主に咸鏡北道清津市青岩(チョンアム)区域橋院里(キョウォンリ)の山中に位置している。脱北者の証言によれば強制労働は午前8時から午後6時(日没の頃)まで続き、休み時間はないという。 また、強制労働の過程で頻繁に殴打され、労働能力の低い老弱者がよく殴打されるという。 その他随時に拷問や暴行が行なわれるが、本件の場合は就業地で食物(飲み水)不許可、生理的欲求の解決(トイレ)意志の剥奪、医療サービスが許されずに収監者を拷問したと見られる。
松坪集結所の医療施設の場合、一部屋の診療室に対する証言が交錯するが、その理由は集結所の中に診療所があったとしても、証言者の中には診療所を利用せずに知らなかったり、労働鍛練隊や保衛部から集結所に移送される、収監者の集結所の受け入れ具合によって診療室が拘禁室に使われるからと見える。 また医師が一人いるという証言があるが、収監経験者は集結所の中で適切な医療サービスは受けられないと証言している。
1.不法拘禁
「朝鮮民主主義人民共和国刑法第7章一般行政管理秩序を侵害した犯罪、第1節一般行政管理秩序を侵害した犯罪、第233条(不法に国境を出入りした罪)」
- 不法に国境を行き来した者は2年以下の労働鍛練刑に処する。情状が重い場合には3年以下の労働教化刑に処する。
「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第3部9条1項」
- すべて人は身体の自由と安全に対する権利を持つ。誰もが恣意的に逮捕されたり、または抑留されない。 どこの誰も法律に定めた理由および手続きに従わずには、その自由を剥奪されない。
「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第3部10条1項」
- 自由を剥奪されたすべての人は人道的に、また人間固有の尊厳性を尊重して取り扱われる。
2.生命権
「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第3部第10条3項1節」
- 刑務所収監制度は服役者らの校正と社会復帰を基本的な目的とする処遇を含む。
「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第3部第6条1項」
すべて人は固有の生命権を持つ。この権利は法律によって保護される。どこの誰も恣意的に自身の生命を剥奪されない。
「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第3部第10条1項」
- 自由を剥奪されたすべての人は人道的に、また人間の固有な尊厳性を尊重して取り扱われる。
3.拷問および暴行
「世界人権宣言第5条」
- どこの誰も拷問および残酷な・非人道的な、または屈辱的な待遇や処罰の対象になってはならない。
「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第3部第7条」
- どこの誰も拷問または残酷な非人道的な、または屈辱的な取り扱い、または刑罰を受けない。 特に誰でも自身の自由な同意なしに、医学的または科学的な実験を受けない。
「拷問およびその他の残酷な・非人道的なまたは、屈辱的な待遇や処罰の防止に関する協約」
4.加害容疑者
「朝鮮民主主義人民共和国刑法第6章社会主義文化を侵害した罪、第208条(治療拒否罪)」
- 医療従事者が特別な理由なく往診と治療を拒否し、患者を死に至らしめた場合は2年以下の労働教化刑に処する。
「朝鮮民主主義人民共和国刑法第7章一般行政管理秩序を侵害した犯罪、第2節管理従事者の職務上犯罪、第246条(職権乱用罪)」
- 管理従事者が利己的な目的から職権を乱用し、厳重な結果を起こした場合は2年以下の労働鍛練刑に処する。 情状が重い場合は4年以下の労働教化刑に処する。
「朝鮮民主主義人民共和国人民保健法第6章保健機関と保健従事者、第42条」
- 保健従事者は患者に親切に接し、あらゆる知恵と誠意を尽くして治療しなければならない。
「朝鮮民主主義人民共和国民法、第4編民事責任と民事時効制度、第1章、第248条 (人身侵害の損害補償)」
- 人の健康と生命に害を与えた機関、企業所、団体と公民は、該当する損害を補償しなければならない。
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北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会:本会は1959年から1984年までの帰国事業で北朝鮮に帰った在日朝鮮人(日本人配偶者等を含む)の生命と人権を守り、自由往来を実現し、被拘束者を解放し、犠牲者の名誉を回復することを目的とする。またその他の北朝鮮の人権問題にも重大な関心を向ける。