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北朝鮮人権情報センターニュース(49)脱北女性チェギョンオク、関節炎で痛む足を何度も殴打される拷問 

└ 2014-04-02 09:09


事件の概要

チェギョンオクは2011年1月中国で強制送還された後咸鏡北道慶源郡軍保衛部に拘禁されていた。チェギョンオクは足の関節炎で酷く苦しんで足を少し動かした理由で仲間受刑者の申告で担当の保衛指導員に靴で足を何回も殴打された。

事件の発生時期および場所
発生時期(期間) : 2011年1月

発生場所 : 咸鏡北道慶源郡 郡保衛部

人権侵害の類型
権利の類型 : 個人の尊厳性および自由権
侵害の類型 : 拷問と暴行
細部な項目 : 殴打(暴行)

チェギョンオクは咸鏡北道慶源郡シンゴンリ23番で暮らした。2011年中国で違法越境の罪で強制送還されて咸鏡北道慶源郡 郡保衛部に拘禁された。通常、受刑者たちは調査がない時に保衛部の拘留場の中で胡坐をかいているように指示を受けるが、チェギョンオクはいつもの関節炎がひどくになって我慢せず足を少し動いた。これで横にていた仲間受刑者がすぐに申告して鉄格子の外にいた保衛指導員がチェギョンオクにズボンを引き下ろせと命じた。保衛指導員は軍靴を履いた足で被害者の足をなんと8回蹴られた。チェギョンオクはその後もある日昼間に居眠りした理由で冬に強制的に冬服を脱がせた後保衛指導員に指示を受けた仲間の受刑者が チェギョンオクの 頭の上に 水を浴びせた。顔があおむしになり、手と足が酷く震えたが、その状態で2時間座わる苛酷な行為を当にされた。

"容赦なく殴りました。チェギョンオクがあまりも痛くていっそ自分を殺せと伏せて泣きながら叫びました。すると、担当の保衛員が君の言葉通り、君を殺してやると言いながら腰から拳銃を抜きました。その瞬間、保衛部のボスにその人が呼ばれていたので、幸いなことに命を取り留めました。"

被害者
チェギョンオク(女、1985年5月21日生れ、咸鏡北道慶源郡シンゴンリ23番、韓国居住)


加害容疑者(機関)
咸鏡北道慶源郡 郡保衛部

情報提供者

情報提供者は上の事件を北朝鮮で直接目撃し、韓国に脱北した後これに対して証言したが自身の身の周りの安全上の理由で実名公開を許諾しなかった。

情報の出処 : (社) 北韓人権情報センター人権調査面接紙
情報受付時期 : 2012年
情報受付場所 : 北韓人権記録保存所 調査室
情報受付方法 : 面談調査
情報取得および事件分析者 : 北韓人権情報センター研究員
検証者 : 北韓人権情報センター北朝鮮人権事件レポート検証委員会

保衛部のような調査施設で受刑者に行う暴行は日常になったので、頻繁に起こる。2013年北朝鮮人権白書によると、2013年7月基準に拷問と暴行が発生した場所を分析した結果、保衛部と安全部 調査と拘禁施設が55.5%で、最も高く次に集結所、鍛錬隊、中国での拘禁施設、教化所、政治犯収容所の順である。保衛部と安全部から拷問と暴行の比率が高い理由は、調査過程で、自白を受け入れる為に拷問と暴行が一緒に行われるからだがそのほか、今回の事例のように「体を少し動いた」理由のように担当員の気分による無差別した暴行が起こる。

拷問と暴行の程度も加害者の基準と状況に応じて千差万別であり、実行方法としては大きくシンプルな殴打(暴行)から空中ぶら下がり(負傷浮上)、身体障害や骨折、火傷 、強姦、性的虐待とセクハラ、極端な熱や寒さに露出、電気ショック、強制された姿勢の強要、爪、足の爪の削除、動物を用いた暴力、切断、剥奪(食べ物、睡眠、医療サービス、生理的な欲求解決など)、革紐、感覚活用ストレス、侮辱、心理的な脅威(脅迫)、死の脅迫、目撃者としての行われる拷問、薬物処理、隔離がある。

「NKDB統合人権DB」の拷問と暴行事件は2013年7月基準に3,262件で、個人の尊厳性と自由権の侵害事件で11.3%を占めている。時期別に発生の件数をみると、2000年代7.1%、1990年代の17.6%に拷問と暴行事例は、1990年代以降急増し、1990年代と比較すると2000年代には約4倍ほど増加したと明らかになった。

1.拷問および暴行

「世界人権宣言第5条」
- どこの誰も拷問および残酷で非人道的な、または屈辱的な待遇や処罰の対象になってはならない。


「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第3部第7条」
- どこの誰も拷問または残酷で非人道的な、または屈辱的な取り扱い、または刑罰を受けない。 特に誰もが自身の自由な同意なしに、医学的または科学的な実験を受けない。


「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第10条1項」
- 自由を剥奪されたすべての人は人道的に、また人間の固有な尊厳性を尊重して取り扱われる。


「拷問およびその他残酷で非人道的な、または屈辱的な待遇や処罰の防止に関する協約」


2.加害容疑者

「朝鮮民主主義人民共和国刑法第9章 公民の生命財産を侵害した罪、第1節生命、健康、人格を侵害した犯罪、第285条(正当防衛超過中傷害罪)」
- 正当防衛の程度を越えたり、職務執行上必要な程度を越える行為をして、人に重傷を負わせた者は2年以上10年以下の労働教化刑に処する。 情状が重い場合には2年以上の労働教化刑に処する。

北朝鮮人権情報センターニュース(48)著名な作曲家金ヨンハン、張成沢を誹謗して公開処刑  

└ 2013-10-04 00:47

北朝鮮人権情報センターニュース(48)著名な作曲家金ヨンハン、張成沢を誹謗して公開処刑 

事件の概要

金ヨンハンは同僚たちとの賭博の席で‘張成沢はヒロイン商売もするそうだ’と失言して逮捕される。張成沢により死刑執行が命令され、朝8時頃未詳の人物8人と共に1999年3月30日平壌市(ピョンヤンシ)未詳の場所で公開処刑された。

事件の発生時期および場所
発生時期(期間) : 1999年3月30日

発生場所 : 平壌市未詳の場所

人権侵害の類型
権利の類型 : 生命権
侵害の類型 : 司法的執行
細部な項目 : 公開処刑用

金ヨンハンは文化芸術部の俳優、作曲家で、星二つを貰い金正日(キム・ジョンイル)を称える歌を作詞、作曲し感謝状を貰って、TVにも出演した。活発に活動していた1999年に同僚たちと賭博をしている席で「張成沢はヒロイン商売もするそうだ」と失言をした罪で逮捕され、平壌市中区域の安全部に一月間拘禁された。以後、平壌市安全部に移監され拘禁された。国家保衛部、社会安全担当1局長が金正日に許してほしいと話したが、張成沢にこの事件の文書が伝えられ、すぐ翌日の1999年3月30日朝8時死刑執行を命令し、未詳の人物9人と共に処刑された。当時死刑執行前に予審はなかったし、執行過程を家族が参観できないように防いで、面会も不可能だった。

“金ヨンハンは本当に文化芸術部では有名な人です。「この歌分かる?」と聞けば、北朝鮮の人が皆知っている程です。言葉一つしくじって死にました。夜遅くまで同僚たちといて賭博をしたのです。「これ、こうやって引っかかったら死ぬのと違う?」と言って、ビールを飲みながら話しました。私、金ヨンハンが気分が浮かび上がったのか、「こんなのは猫の額だ。これが何だ! 張成沢はヒロイン商売もするそうだ。」と言ったのです。ところがこの台詞が、張成沢の耳に直接入ったのです。法的手続き一つなく、二ヶ月は中区域の安全部にいて、1ヶ月後に平壌市安全部に移されたが、裁判もなくあたふたと処刑されました。”

被害者
金ヨンハン(男、1955年生まれ、平壌市居住)

加害容疑者(機関)
平壌市 中区域(チュンクヨク) 安全部

情報提供者
・情報提供者は上の事件を北朝鮮で直接目撃し、韓国に脱北した後これに対して証言したが自身の身辺安全上の理由から公開を許諾しなかった。

情報の出処 : (社)北朝鮮人権情報センター人権調査面接紙
情報受付時期 : 2007年12月
情報受付場所 : 北朝鮮人権記録調査室
情報受付方法 : 面談調査
情報取得および事件分析者 : 北朝鮮人権情報センター研究員
検証者 : 北朝鮮人権情報センター北朝鮮人権事件リポート検証委員会

張成沢は1946年1月22日生れで金日成の娘金敬姫(キム・ギョンヒ)と結婚し、満46才になった年1992年に党中央委員として政界に進出した。現在の北朝鮮政治体制の特性上、政治指導者である金日成、金正日、金正恩(キム・ジョンウン)を始め、最高指導部に対するあらゆる意見、評価や批判など容認されないでいる。これは公な場所では言うまでもなく、極めて私的な空間で発せられる意見の提示に対しても、容赦なく北朝鮮当局によって公開処刑、非公開処刑、追放、管理所拘禁などの極刑に処せられる。

すなわち北朝鮮では信念と表現の権利が、日常でも国家機関員の各種の取締まり、検閲そして隣人のスパイ行為等を通して緻密に弾圧されていることを意味する。北朝鮮には約10万人程の保安員(国家保安省所属)と保衛員(国家保衛部所属)があると推測され、ここに保安員と保衛員1人が30人の要員を連れている。彼らは一般住民として、身分を隠したまま生活をし、定期的に人民の動向を報告している。北朝鮮の住民は2重3重の監視の中で意見および表現の自由を徹底的に剥奪されている。

北朝鮮人権情報センターの「NKDB統合DB」によれば2013年7月を基準に、信念および表現の権利に対する事件は247件、その中でも政治指導者および政党に対する主張迫害事件は6件である。

1.生命権

「市民的及び政治的権利に関する規約(B規約)第3部第10条3項1節」
-行刑の制度は、被拘禁者の矯正及び社会復帰を基本的な目的とする処遇を含む。


「市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)第3部第6条1項」
-すべての人間は、生命に対する固有の権利を有する。この権利は、法律によって保護される。何人も、恣意的にその生命を奪われない。


「市民的及び政治的権利に関する規約(B規約)第3部第10条1項」
-自由を剥奪されたすべての者は、人道的にかつ人間の固有な尊厳性を尊重して、取り扱われる。

2.表現の自由

「世界人権宣言第19条」
-すべて人は、意見及び表現の自由に対する権利を有する。この権利は、干渉を受けることなく自己の意見をもつ自由並びにあらゆる手段により、また、国境を越えると否とにかかわりなく、情報及び思想を求め、受け、及び伝える自由を含む。


「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第19条2項」
-すべての者は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。

「朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法 第5章 公民の基本権利と義務第67条」
- 公民は、言論、出版、集会、示威及び結社の自由を有する。国家は、民主主義的な政党、社会団体の自由な活動条件を保障する。
3.加害容疑者
「朝鮮民主主義人民共和国 刑法第9章 公民の生命財産を侵害した罪、第1節 生命、健康、人格を侵害した罪、第278条(故意的重殺人罪)」
- 貪欲、嫉妬、その他卑劣な動機から故意に人を死亡させた者は、10年以上の労働教化刑に処す。前項の行為で情状が特に重い場合には、10年以上の労働教化刑に処す。

北朝鮮人権情報センターニュース(47)金チョルナム、金日成、正日の肖像画を公衆の面前で焼いて拘禁される 

└ 2013-09-23 14:35

北朝鮮人権情報センターニュース(47)金チョルナム、金日成、正日の肖像画を公衆の面前で焼いて拘禁される 

事件の概要

金チョルナムは在日同胞として不利益を受けている中、体制に対する敵愾心から2005年6月19日飲酒をして、家にある金日成(キム・イルソン)、金正日(キム・ジョンイル)の肖像画8個を外に持ち出し、村人の見ている前で焼いてしまった。その場で連行され2005年11月18日平安南道(ピョンアンナムド)北倉(プクチャン)18号管理所に拘禁される。

事件の発生時期および場所
発生時期(期間) : 2005年6月19日

発生場所 : 平安南道北倉18号管理所

人権侵害の類型
権利の類型 : 個人の尊厳性および自由権
侵害の類型 : 不法拘禁
細部な項目 : 政治犯収容所

金チョルナムは平壌市大同江区域綾羅1棟9班に居住した。金チョルナムは金策(キムチェク)工業大学校を出た秀才だった。学校でも成績が最も優秀だった。彼は大学卒業後、国から中国の精華大学校に留学させる試験で1位だった。ところで被害者金チョルナムは、帰国在日同胞出身という理由から留学試験に落ちた。賄賂で500万ドルを捧げても結局無駄で、留学が挫折するや北朝鮮社会に不満を持つようになった。そうしている間に結局2005年6月19日金チョルナムは酒を飲んだ後、家にあった金日成、金正日の肖像画8個を外に持ち出し、村人が見る前で燃やしてしまった。このために現場で金チョルナムは連行され、同じ年の11月18日平安南道北倉18号管理所に拘禁された。

“当時中国の精華大学に留学生を送ることがあって1位になりました。 ところが帰国者(在日同胞)だからと、1等だったのに落ちました。当時7人選ばれたが落ちて、社会に対する意識が生じ始めました。 金正日に500万ドルも捧げたのに、帰国者は歴史の犠牲物だ、このように考えました。 結局は社会を恨むことになったのです。”

被害者
金チョルナム(男、1973年生まれ、平壌市(ピョンヤンシ)大同江(テドンガン)区域、綾羅(ヌンラ)1棟9班、管理所に拘禁)


加害容疑者(機関)
平安南道 北倉18号管理所

情報提供者
・情報提供者は上の事件を北朝鮮で直接目撃し、韓国に脱北した後これに対して証言したが自身の身辺安全上の理由から公開を許諾しなかった。

情報の出処 : (社)北朝鮮人権情報センター人権調査面接紙
情報受付時期 : 2012年5月
情報受付場所 : 北朝鮮人権記録調査室
情報受付方法 : 面談調査
情報取得および事件分析者 : 北朝鮮人権情報センター研究員
検証者 : 北朝鮮人権情報センター北朝鮮人権事件リポート検証委員会

北朝鮮で金日成、金正日の肖像画は、住民の命よりもっと大事に扱われる。肖像画を疎かにすることは北朝鮮社会主義体制に対する挑戦と見なされ、当事者だけでなく家族皆が政治犯収容所で行く道に直結する。指導者の尊厳性を傷つけたり、体制に反対する言葉一こと、すなわち‘話の反動’だけで最高、死刑に至るなど極刑に処される実態で、‘行動反動’は北朝鮮社会で非常に危険なことだ。

一方、北朝鮮は対外的に「教育の機会、均等」を標榜するが、実際に北朝鮮の大学では学生の実力とは関係ない出身成分と土台、親の権力背景などに従って差別的に入学生を選抜して来た。最近、「北朝鮮住民の大学入学において、土台よりお金がもっと重要」という証言が出てくるが、依然として国軍捕虜、北朝鮮に拉致された人、在日同胞など、北朝鮮社会で複雑な群衆に属す親を持つ子女たちは、義務教育の機会は均等に受けられるが、高等教育の機会では排除されたり、職場配置や昇進において差別を体験し、入党もまた非常に制限的だ。

北朝鮮人権情報センターの「NKDB統合DB」によれば、2013年7月を基準に、政治犯収容所に収監された事件は3,164件に達する。 政治犯収容所収監者の収監原因のうち、政治犯が43.9%で最も高い。

1.不法拘禁

「市民的および政治的権利に関する規約(B規約) 第3部 9条 1項」
-すべて人は身体の自由と安全に対する権利を持つ。 誰もが恣意的に逮捕されたり、または抑留されない。 どこの誰も法律に定めた理由および手続きに沿わずには、その自由 を剥奪されない。

「朝鮮民主主義人民共和国 刑法 第7章 一般行政管理秩序を侵害した罪 第2節 管理職の職務上の罪 第252条(不法逮捕、拘束、捜索罪)」
- 法従事者が不法に人を逮捕、拘束、拘引したり、体もしくは住居を捜索したり財産を押収、没収した場合は2年以下の労働教化刑に処する。前項の行為を何度も行ったり、前項の行為で社会的物議をかもした場合は、3年以下の労働教化刑に処する。
「朝鮮民主主義人民共和国刑法第9章 公民の生命財産を侵害した罪、第291条(不法自由拘束罪)」
- 不法に人の自由を拘束した者は、2年以下の労働鍛練刑に処する。 情状が重い場合は、2年以下の労働教化刑に処する。
2.表現の自由

「世界人権宣言第19条」
-すべて人は、意見及び表現の自由に対する権利を有する。この権利は、干渉を受けることなく自己の意見をもつ自由並びにあらゆる手段により、また、国境を越えると否とにかかわりなく、情報及び思想を求め、受け、及び伝える自由を含む。


「市民的および政治的権利に関する規約(B規約)第19条2項」
-すべての者は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。

「朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法 第5章 公民の基本権利と義務第67条」
- 公民は、言論、出版、集会、示威及び結社の自由を有する。国家は、民主主義的な政党、社会団体の自由な活動条件を保障する。



北朝鮮人権情報センターニュース(46)金チョルジュン、教化所内の独房で服も食料も与えられず凍死  

└ 2013-09-23 11:02

北朝鮮人権情報センターニュース(46)金チョルジュン、教化所内の独房で服も食料も与えられず凍死 

事件の概要

金チョルジンは平安北道(ピョンアンプクト)東林郡(トンリムグン)東林教化所に拘禁中、2010年2月10日頃脱走を試みたが捕まってしまう。これによる処罰として独房に15日間、服や食糧もなしに閉じ込められた末に凍死する。

事件の発生時期および場所
発生時期(期間) : 2010年2月10日

発生場所 : 平安北道東林郡東林教化所

人権侵害の類型
権利の類型 : 生命権
侵害の類型 :他からの直接的行動による死亡
細部な項目 :拷問と蛮行の結果

金チョルジンは平安北道塩州郡に居住した。職業は水産業の労働者だった。その間操業していてハゼ6匹を強盗奪われる被害を受けた。これに対して塩州郡の郡保安署では金チョルジンがハゼ6匹を横領した後保安署に偽って報告したと判断した後、国家財産を盗んだ罪名で逮捕した。その後被害者金チョルジンは労働教化11年刑を宣告され、平安北道東林郡東林教化所に拘禁された。 拘禁中の2010年2月10日頃金チョルジンは教化所を脱走して再び捕まり、連れ戻されることになった。 事実、逃走を試みて成功した後塩州郡にある姉の家で隠まって貰おうとしたが、姉の夫が脱走の事実を塩州郡郡保安署に申告して再び捕まってしまったのだった。教化所では金チョルジンを逃走罪で独房に15日間閉じ込めた。冬の猛烈な寒さにもかかわらず、教化所では金チョルジンに服や飯を支給せず、被害者は縮こまって座った姿勢で放置された。 このせいで金チョルジンは結局、独房の中で凍死した。

“死体は死亡して二日後に囚人800人を集めた場所で見せてくれました。飯も与えず、寒いところなのに服も与えられずに入れて置かれ、縮こまって座った姿勢そのままで凍死しました。”

被害者
金チョルジン(男、年齢未詳、平安北道塩州郡居住、死亡)

加害容疑者(機関)
平安北道東林郡東林教化所

情報提供者
・情報提供者は上の事件を北朝鮮で直接目撃し、韓国に脱北した後これに対して証言したが自身の身辺安全上の理由から公開を許諾しなかった。

情報の出処 : (社)北朝鮮人権情報センター人権調査面接紙
情報受付時期 : 2013年
情報受付場所 : 北朝鮮人権記録調査室
情報受付方法 : 面談調査
情報取得および事件分析者 : 北朝鮮人権情報センター研究員
検証者 : 北朝鮮人権情報センター北朝鮮人権事件リポート検証委員会

北朝鮮で一般的に、教化刑に該当する犯罪は殺人、強盗、強姦、人身売買、詐欺、窃盗、国家財産窃取のような刑事犯罪である。その中でも国家財産を盗んだ罪は、北朝鮮刑法第89条によって2年以下の労働教化刑に処される。上の事件の場合、被害者が無実の罪で逮捕されたことは勿論だが、本来の基準より過大な処罰を受けた。証言者の証言が完全でなく、いかなる理由から加重処罰を受けたのか分からないが、情況から推測すると調査過程で他の罪が明らかになりながら、過重な処罰を受けた可能性がある。

一方、教化所内から脱走した者に対する処罰は苛酷である。収監者が逃走を試みたり逃走後逮捕された場合、歩くこともできないほど殴られる。そして独房処罰や公開銃殺など、教化所内でできる最も強い処罰が後から従うが、これは教化所からの脱出を最も警戒視して、このような状況が発生した場合、他の収監者に影響が及ぶことを恐れて、逃走を試みた者を見せしめに残忍な処罰をするものと見られる。

北朝鮮人権情報センターの「NKDB統合DB」によれば、2013年7月を基準に、拷問と蛮行の結果、死亡した事件は276件に達する。

1.生命権

「市民的及び政治的権利に関する規約(B規約)第3部第10条3項1節」
- 行刑の制度は、被拘禁者の矯正及び社会復帰を基本的な目的とする処遇を含む。


「市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)第3部第6条1項」
- すべての人間は、生命に対する固有の権利を有する。この権利は、法律によって保護される。何人も、恣意的にその生命を奪われない。


「市民的及び政治的権利に関する規約(B規約)第3部第10条1項」
- 自由を剥奪されたすべての者は、人道的にかつ人間の固有な尊厳性を尊重して、取り扱われる。

2.加害容疑者
「朝鮮民主主義人民共和国 刑法第281条 正当防衛超過殺人罪」
- 正当防衛の程度を超えたり職務執行上、義務実行上必要な程度を超えた行為を行い、人を殺した者は3年以下の労働教化刑に処する。




北朝鮮人権情報センターニュース(45)徐(ソ)ヨンボムの妻と3人の子たち、食糧配給の不足から家で餓死 

└ 2013-09-23 11:00

北朝鮮人権情報センターニュース(45)徐(ソ)ヨンボムの妻と3人の子たち、食糧配給の不足から家で餓死

事件の概要

言語障害があった徐ヨンボム夫婦は、夫の徐ヨンボムが協同農場員として貰う配給で暮していた。しかし農場から配給される食糧が中断されると、徐ヨンボムの妻が2003年2月会寧市(フェリョンシ)甫乙洞(ポウルドン)32班の本人の家で餓死する。2004年4月には徐ヨンボムが交通事故で死亡し、同じ年の7月には子供3人が皆餓死した。

事件の発生時期および場所
発生時期(期間) : 2003年2月、2004年7月

発生場所 : 咸鏡北道(ハムギョンプクト)会寧市甫乙洞32班、被害者の家

人権侵害の類型
権利の類型 : 生存権
侵害の類型 :食糧権
細部な項目 :餓死および栄養欠乏による苦しみ

ソ・ヨンボム一家は咸鏡北道会寧市甫乙洞32班で居住していた。家族は家長のソ・ヨンボムが会寧市甫乙洞に所在する協同農場の農場員として働きながら貰う配給で暮していた。しかし農場から家族ひとり当り貰う食糧が一日160gにしかならず、それすらも軍隊を支援するという名目で10%も差引かれ、生存するのが難しい状態に置かれた。結局ソ・ヨンボムの妻は2003年2月、自宅で飢死したし、ソ・ヨンボムは2004年4月家の前で車にはねられて死亡した。 両親が死亡するや横で助けてくれる人や親戚もいない子どもたち三人も2004年7月頃、全員死亡した。

“ソ・ヨンボムは農場員なのだが、農場でくれる食糧がひとり当り160グラムしかならが、そこから10%差引かれます。 人民軍に豚肉の支援をすると、食糧から差引くのです。だから食糧が足りず、家族が多いと暮らしが苦しいのです。初めに妻が飢えで死に、その次はおじさんが車にはねられて死にました。 2004年7月には子供たちもみな、飢え死にしました。 訪ねて来る人もいないので、死体にウジが集まりました。 本当に哀れな死に方でした。”

被害者
徐ヨンボムの妻(女、年齢未詳、咸鏡北道会寧市甫乙洞32班、死亡)
徐ヨンボムの三人の子たち(年齢未詳、咸鏡北道会寧市甫乙洞32班、死亡)


加害容疑者(機関)

北朝鮮当局、咸鏡北道会寧市甫乙洞 共同農場

情報提供者
・情報提供者は上の事件を北朝鮮で直接目撃し、韓国に脱北した後これに対して証言したが自身の身辺安全上の理由から公開を許諾しなかった。

情報の出処 : (社)北朝鮮人権情報センター人権調査面接紙
情報受付時期 : 2008年
情報受付場所 : 北朝鮮人権記録調査室
情報受付方法 : 面談調査
情報取得および事件分析者 : 北朝鮮人権情報センター研究員
検証者 : 北朝鮮人権情報センター北朝鮮人権事件リポート検証委員会

北朝鮮の住民は、国家の食糧供給政策に従って配給により食糧を調達する。政府は年齢と職業を基準に食糧供給の級数を9段階に分けて支給し、一般労働者の場合は3級なら1日の食糧供給量は700gである。だが北朝鮮政府は1980年代から愛国米という名目で10%減らし、再び戦争備蓄米の名目で12%減らするなど、量を減らし続けて来た。1995年末に至ると、特定な階層を除いては配給を中断し、一般住民は市場で食糧を買ったり、山の尾根のような所を開墾して作った小さな土地で主な食糧を調達している。

このように配給体系の瓦解は数多くの餓死者を引き起こした。 「苦難の行軍の時期」と呼ばれた1990年代の中後半から2000年代の初めまで、餓死者の数が少なくとも33万人(2010年韓国統計庁の発表)から、多くは300万人(学界および市民団体の発表)程と推定される。これは北朝鮮の全人口が現在2500万人と見た時、10人中1人の割合で死亡したと見ることができる。特に農村地域が都市に比べて餓死者の数が多く、この当時脱北者の相当数が食糧問題によって北朝鮮を脱出したことが分かった。

北朝鮮社会に対する国際的な支援で2000年代、食料事情は一部好転したようだったが、食糧分配のモニタリング問題と対北朝鮮大量殺傷武器生産に伴う経済制裁などのせいで、これすらも次第に減少している趨勢だ。また1990年代の深刻な食糧難の余波が残っていて、2002年7月1日の経済措置と2009年貨幣改革実施など、経済改善政策の失敗で現在も、餓死事件に対する脱北者の証言が続いている。

北朝鮮人権情報センターの「NKDB統合DB」によれば、2013年7月を基準に餓死事件は1,516件に達し、この中2000年代以後に発生した事件は227件である。

1.生存権

「経済的・社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)第3部第11条1項」
- この規約の締約国は、自己及びその家族のための相当な食糧、衣服及び住宅を内容とする相当な生活水準についての並びに生活条件の不断の改善についてのすべての者の権利を認める。 締約国は、この権利の実現を確保するための適当な措置を取る。


「経済的・社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)第3部第12条1項」
- この規約の締約国は、すべての者が到達可能な最高水準の身体的及び精神の健康を享受する権利を有することを認める。


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