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NEWS :北朝鮮の地下核実験と政治犯収容所(上) 
└ 2008-09-06 15:23

北朝鮮の地下核実験と政治犯収容所

以下はカルメギ74号に掲載された、2007年12月13日、東京星陵会館における政治犯収容所体験者姜哲煥氏の講演記録です。現時点でも極めて重要な論点が掲載されていると思われますので再録します。核実験が政治犯の犠牲の上に成り立っている可能性や、何よりも北朝鮮を追い詰める事が出来るのは広範囲な人権運動である事を見事に提起している内容と思います(三浦)

核実験場建設に政治犯大量動員
「誰も生きて帰ってはこなかった」
           姜哲煥 
 ここ最近の北朝鮮をめぐるトピックの中で核実験が国際的な関心事になっています。そこで私が韓国内の脱北者と北朝鮮内部の人たちに取材したところ、この核実験と政治犯収容所は密接な関係にあるとの結論に至りました。
 北朝鮮の核実験後、韓国、日本、米国が地震波を分析し、その結果、核実験場所は吉州郡の萬塔山(マンタプサン)だと確定しています。
 核実験は10月9日でしたが、その後に中国に出てきた吉州郡の住民に話を聞きますと、核実験に関連しての住民の避難、退避はまったくなかったというのです。
 地下核実験は比較的安全とされていますが、もし事故が起きた場合にはその被害は大きなものとなるので、北朝鮮のような狭い土地で核実験をやるということになった場合、最小限の住民の避難措置がとられてしかるべきですが、そうしたことはまったくなかったということでした。
 それに、吉州郡の住民も核実験場がどこなのかについて知りません。

 私が取材を進める中で驚くべき事実に行き当たりました。この萬塔山と気雄峰(キウンボン)を境として、政治犯収容所が存在しているということです。
 この化城(ファソン)収容所は1985年に作られ、ここに入れられるのは北朝鮮でも高位層の人たちが中心で、一度入ったら二度と生きては出られない「完全統制区域」だそうです。ここは高山地帯で農業には適さず、主に木材伐採と鉱物の採掘が行われています。
 この化城収容所の北側には鏡城(キョンソン)収容所が隣接していたのですが、この鏡城収容所は1989年に解体されたのです。
 すでに韓国に入っている脱北者で、この鏡城収容所と会寧収容所で警備兵として勤務していた安明哲という男がいます。彼とは親しい友人なのですが、彼との会話で「核実験は萬塔山で行われたらしい」と言いましたところ、彼が言うには「鏡城、化城、会寧の三つの収容所で約10年前から多数の政治犯が『大建設』の名の下にそこ(萬塔山)にトンネルを掘りに行った」というのです。

 このいわゆる「大建設」に動員された政治犯は誰一人生きて帰っては来なかったそうで、「この建設に動員されることを政治犯たちはたいへん恐れていた」というのです。この萬塔山と気雄峰の間で大規模地下トンネル工事を行いましたが、安明哲自身、当時その大工事が何を目的としたものなのか知らなかった、今になって地下核実験場の建設だったと考えれば合点が行くと話しています。

 そして会寧収容所に位置した国家安全保衛部第三局傘下の「予審局」という部署があったのですが、これは名称こそ「予審局」ですが、実際には生体実験を総括している秘密部署でした。この部署はもともと会寧収容所に位置していたのですが、90年代中ごろに化城収容所に移ったそうです。これは推測なのですが、この予審局が会寧に位置していたときには生物化学兵器に関連した人体実験をやっていたであろうし、化城に移った理由は放射能に関連した人体実験を行うためだったのではないかと思われます。

 もしこうした大規模なトンネル工事を通常のやり方でやったとすれば、数万人の民間人や軍人が動員されて、その場合には核実験場所はおのずと漏れ伝わることになるはずです。ところがその地元の人も含めて北朝鮮住民の誰も核実験場所について知らない。現在韓国には1万人近い脱北者がすでに入っていますが、ただの1人もこの工事に従事したという人はいません。
 これらを考え合わせると、秘密保持のために政治犯が動員されたのはほぼ間違いありません。
 政治犯を動員すればひとまずこのトンネル工事の秘密は保持できます。そして,核実験場のトンネルを掘ってその入り口を政治犯収容所の方に開けておけば、もし事故が起きてもその被害は政治犯収容所の方に出るので、民間の被害は抑えられる。
 北朝鮮の核実験場所についてこの秘密保持が徹底できた根拠は、この化城政治犯収容所と密接な関係があると思います。

 核実験は人権蹂躙の果実

 こうして見ると、この北朝鮮の核実験もすなわち人権問題だと言えます。北朝鮮は現在も食糧事情は厳しい。90年代後半には大規模な餓死が発生しましたし、現在も飢え死にする人が出ている状況なのです。それをよそ目に莫大な外貨、マンパワーを投入して核実験を行ったということは、人民を飢え死にさせながら核実験をやったということであり、この核実験そのものが人権蹂躙のもとになされたと言えます。
 さらには核実験場所に隣接して政治犯収容所があり、地下核実験場の建設に政治犯が動員され生きて帰ってきたものがいないという証言に照らせば、あの体制では人間として扱われない政治犯たちを犠牲にして核実験をやったと判断されます。人権問題が核問題とも深く絡んでいるのです。

 さらに劣悪になった政治犯収容所の状況

 現在のところ、北朝鮮には大規模な政治犯収容所が5カ所あるものと把握されています。
 北朝鮮の政治犯収容所は朝鮮労働党の指導のもと、国家安全保衛部の第7局が直接管理しています。現在残っている収容所は平安南道 价川(ケチョン)の14号、咸鏡南道 耀徳(ヨドク)の15号、化城の16号、会寧(フェリョン)の22号、清津(チョンジン)の25号です。これら政治犯収容所が衛星写真等で補足されその存在が公開されたことによって名称を変えたという情報もあるのですがまだ具体的には確認されていません。

 80年代末から90年代初頭にかけて他の5カ所の収容所が解体されました。国境地域に隣接していた収容所のうち3カ所は、中国が改革開放を進めたことに伴って秘密保持が困難になったと判断して解体したようです。そして北朝鮮では最悪の収容所として知られていた平壌郊外の勝湖里(スンホリ)収容所は、90年代にアムネスティインターナショナルが告発したことを切っ掛けに解体しました。それから平安北道の天摩(チョンマ)収容所はいかなる理由でかは判りませんがなくしたようです。






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