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NEWS :<北送日本人妻の悲劇>  - 北送と帰国の差 ― 李テギョン氏 
└ 2016-02-02 08:29

光射せ 13号に掲載された、李テギョン氏(韓国在住脱北者)の寄稿を掲載します。
日本人妻の問題に、むしろ現在は日本人よりも脱北者の方が、その悲劇を直接観たせいか、深い同情と救援の意志を持ってくださっているように思えます。
李さんは帰国者で、日本語でこの文章を書いてくださいました。多少手は加えましたが、不自然な部分も含めて李さんの言葉をそのまま紹介いたします。

<北送日本人妻の悲劇>  - 北送と帰国の差 ―
イ・テギョン

1959年12月から始まった在日同胞の朝鮮への移動を北朝鮮と日本では「帰国事業」だと呼び、韓国では「北送事業」と呼んでいる。このように一つの事件に対して「帰国」と「北送」という交錯した表現を使うのは、それぞれ違うイデオロギーと政治的目的から出たものと見られる。「帰国事業」は祖国に戻るという意味と自発的な意志の内容を含んでいる。しかし「北送事業」は自己意志というより、第3者による北朝鮮への移動という内容を含んでいる。真の意味で、北送者の90%以上が韓国に故郷を置いており、北朝鮮と朝鮮総連の詐欺、欺瞞、虚偽捏造による人質劇の犠牲者という内容を見れば「北送」の表現が適切ではないかと考える。日本人妻も「帰国事業」でなく「北送事業」の一環で朝鮮に行くことになったのだ。

日本人の朝鮮への北送
北送が始まった1959年12月から1984年まで、93、340人の北送者は、哲学、思想、共産主義とは何か、マルクスという人がアメリカ人なのか中国人なのかも分からない人が大半であり、ただ北朝鮮が未来と幸福と地位を保証するという金日成の甘言と「朝鮮総連」の偽りの宣伝に騙されて北送された被害者に過ぎない。
 その中でも1800人余りの日本人妻のくやしさは言葉にならなかった。そして彼女たちの子供を含む6839人も日本人妻に劣らない犠牲者であった。ウェノム、チョッパリ(ともに日本人に対する蔑称)と呼ばれ、人間以下の人生を生きてきた二重被害者が日本人妻である。
純潔な愛、母性愛、そして家庭の幸福のために3年後には祖国訪問ができると言われて日本を離れた彼らだった。社会主義、共産主義の虚構性と虚偽、捏造、北朝鮮という「独裁国」の実態を、一度入れば死んでも出られない「生き地獄」というものを分かったならば、3年後には故郷訪問ができるということが偽りということを分かったならば日本人妻たちの誰が人間生き地獄である北朝鮮に行っただろうか。

しかし、日本人妻の家族親戚は朝鮮人を蔑視して、娘と親子の縁を切り、北朝鮮政府はこれらを宣伝用として利用し、国民は敵対国の人間として彼女たちを遇した。

日本人妻の悲劇。
在日北送同胞は皆、北朝鮮に足を入れた瞬間から奈落に落ちる空虚感を感じた。北朝鮮と「朝鮮総連」の偽り、虚偽、詐欺ということは後で知った事である。嘘は初めの話がとても甘いという。こういう「甘言異説」騙された北送在日同胞中1800人余の日本人妻の生活は、北朝鮮で一つの人権問題として区分しなければならないだろう。

日本人妻も色々な層に分けられる。北送後。夫や日本人妻の親戚と縁を保っているか否かによって区分されたと見ることが正確だろうと思う。それは北朝鮮政府が「日本縁故者」として区別し、彼らの優待を変える二重政策を実施した事と関連する。しかし、多くの日本人妻は両親兄弟と縁を切り、故郷の便りを全く知らずに北朝鮮でくやしく生を終えた人々が多数を占める。その中の一人であった申慶寿という方の日本人妻家庭に対する問題を分析してみたい。

彼は、1962年、大阪の故郷に老いた両親と兄弟を置いて北送された。父の申慶寿は全羅道が故郷であり、解放前に徴兵でフィリピンまで行って来て戦後苦しい生活の中で日本人女性に会い、家庭を作って息子三人と共により良い安心した生活を求めて北朝鮮と「朝鮮総連」の虚偽と詐欺に巻き込まれ、夢を描いて「地上の楽園」という北朝鮮に北送された。

名前まで奪われた日本人妻

この世界の全ての物や動物でも固有の名前を持っている。人には両親がつけた名前があり、その名前が個人を区別する。30〜40年余の間、分身のように使ってきた名前を北送と共に失わなければならなくなり、その時から夫の姓よって新しい名前とチョッパリ、あるいはウェノムと呼ばれた数十年間の歳月は、日本人妻の姓と名前を全部消してしまった。そのために、みじめな日本人妻の消息を日本にいる親戚を探し出して伝えるという友達の道理を尽くそうとしても、失われた名前のために探すことができない。

申慶寿の妻もやはり申貞玉あるいはウェノム、糞犬と呼ばれることになった。人糞を汲んで背負子に背負って運ぶといえば、現代人としては想像しにくいだろう。活きるために世の中で一番汚いことも拒まず、異国万里北朝鮮で糞を運ぶ日本人妻、そのために糞犬と呼ばれてきた。

社会と縁を切った日本人妻

北送僑胞は故郷が韓国のために、日本で資本主義思想に染まった人といって異質感の中で監視と差別を受けて生きた。言語と文化の違いが大きい日本人妻はウェノムと陰口され、動物園で猿見物するように接する北朝鮮の国民と、社会的関係を結んで生きるということは本当に難しいことであった。従って多数の日本人妻は、彼らを相手にしないことで状況に対処し、人生の生きがいを夫と子供に探す事はあまりにも当然のことであった。ウェノム、糞犬と呼ばれて糞を運び、下着を拾って売って小遣でも稼いで生きていく日本人妻に北送同胞はそれなりに同情を持って接したが、‘私の鼻が席子(他のひとの面倒を見る余裕がない)’という話があるように、皆それぞれ暮らしが苦しい世の中で、助けてくれる人は一人もいなかった。心を落ち着かせてくれるのは家族だけであった。職場から帰ってくる夫だけを待って、一日一日を送ることが日本人妻の日課であった。

どの家庭にも幸福と不幸がある。幸福と不幸は同伴者と同じだと言うが、その大きさは家庭ごとに違う。申貞玉の家庭にも大きな不幸が近づき、1970年に長男は地質大学履修中に日本への密航を計画したが、途中で逮捕されて政治犯収容所に収容された。次男も1980年、日本の故郷にいる女友達と愛を約束して手紙をやり取りし、30才で脱北を試みたが、北朝鮮保衛部の徹底した監視を避ける事ができずに逮捕され、やはり政治犯収容所に閉じ込められることになった。三男もやはり、政治犯収容所収監者の家庭だとして監視対象から免れることができず、「反政府ビラ撒き」の罪名で政治犯収容所に収容され、生死不明の人間になってしまった。三人の息子の不幸に続いて1984年、夫申慶寿(70才)も口から血を吐いて不遇な生を終えた。

 言語は使わなければ忘れてしまう。仕事を終えて帰ってくる夫と子供たちを待って、家に閉じ込められているように生きること数十年。夕方に帰って来て二三の話しか交わさない彼たちは朝鮮語半分、日本語半分の外に分からない、それこそ半チョッパリ(蔑称)になったわけだ。その後、時間があるたびにトゥムニ 申貞玉の家に立ち寄って話を交わした。日本語と朝鮮語を混ぜながら意を交わす彼は本当の意味で半チョッパリ、半朝鮮人になったわけだ。 朝鮮語だと聞くにも難しく、日本語だと理解し難い‘半言語’になってしまった。これは数十年間、彼女が生きてきた経緯を語るもう一つの悲劇の結果だと思う。獣も檻の中に閉じ込めれば鬱病に罹って短命だという。25才で北送されたとしても今の年齢は80才だ。このように見れば、現在日本妻が北朝鮮に生存している確率は殆どないと見られる。ただし彼らの子孫によって「北送日本人妻の悲劇」は更に明らかにされるだろうと思う。

 飢えは全てのものを無くする。両親兄弟の情まで切れて名前も奪われ、言葉も失って、社会関係も無く家の中で生きることも数十年。果たして彼らには正常な思考意識を探してみることができるのか。初源的な感情まで失った人間になってしまった。
 こうして全家族を失った申貞玉は両親兄弟、夫と子供三人を失い、一人ぼっちで世界最悪の独裁と貧困国で、人権を無視されて、配給も途絶えた北朝鮮で生きる方法はなかった。放浪乞食としてその日その日を送っていたが、1986年ついに餓死してしまった。両手を差し出し、発音もよくできない言葉で「食べ物を少し下さい<モーグルゴ チョグン チューシクシオ>」と言いながら家々を回っていた日本人妻申貞玉さんの小柄でみすぼらしい姿がまだ消えない。

故郷にも捨てられた日本人妻の最後の話

50〜60年代、日本人女性が朝鮮人と結婚する同意を家族から得ることは難しかっただろう。朝鮮人との婚姻反対に加え、朝鮮への北送ということは到底赦せないことであったであろう。何人かの日本人妻の中には、長い歳月が流れた後に再び両親兄弟と撚りを戻し、消息を伝えても生活の助け受けた人もいた。しかし、多くの日本人妻は60年代の北送後ただ一度の連絡も交わすことなく、命途絶えた人々が多数を占めるだろう。世の中には周りから幸福だったと見える人々も、生を終える時には後悔が必ずあると言う。申貞玉さんはどんな後悔をしたのだろうかと考えさせる、彼女が残した話がある。

 申貞玉さんもやはり老いていく自分の姿を見て「今でもお母さんは生きていらっしゃるかな」と独り言を呟く時が多かった。この世に故郷と母さんを愛しない人はない。故郷と母さんを懐かしがる心が大きいほど北送の後悔は大きいだろう。さらに無念にも三人の息子を収容所に送った彼女は「あのまま日本で生活していたならば…」と、それ以上一人話を続けることができなかった。
「今でもお母さんは生きていらっしゃるか」、「あのまま日本で生活していたならば…」。人生の三分の二を北朝鮮で生きてきた日本人妻申貞玉さんの最後の独り言。そこに込められた言葉の意味解説は皆様の想像にお任せしたい。

北送日本人妻は別個の問題ではない

日本の民間人権団体が、北朝鮮人権問題に多くの関心を持って活動されていることに心から感謝申し上げます。
日本人拉致者問題、日本人妻問題、北朝鮮帰国者などの生命と人権を守る問題、北朝鮮収容所を撤廃問題、中国内脱北者の救出と北朝鮮送還反対など多くの民間人権団体の成果を期待しています。あえて話すならば、これら全ての問題の根本は北朝鮮の人権問題にあります。人権が改善されればすべての問題は解決されると考えられます。‘北送僑胞脱北者連合会’も連帯して応援、参加して北朝鮮の人権改善に僅かでも寄与して行きます。

 最後に、私が見た日本人妻の中で申貞玉さんの家庭は最下位の日本人妻家庭でした。多数の日本人妻も北送僑胞の中でも最下層に属します。 北送された日本人妻の多数は、同じように不幸な一生を終えたでしょう。
ごく少数ですが宣伝用に優待された日本人妻もいました。
自由の大切さを教えた忘れることのできない友達、今は政治犯収容所の不毛の土地に埋められても自由の魂になって漂う”神佑(神の助け)”を回想しながら…

2014/06/04






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